一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

江戸末期、維新を成し遂げた志士たちの心の支えとなったのが佐藤一斎先生の教えであったことは国史における厳然たる事実です。
なかでも代表作の『言志四録』は、西郷隆盛翁らに多大な影響を与えた箴言集です。

勿論現代の私たちが読んでも全く色褪せることなく、心に響いてきます。

このブログは、『言志四録』こそ日本人必読の書と信じる小生が、素人の手習いとして全1133章を一日一章ずつ拙い所感と共に掲載するというブログです。

現代の若い人たちの中にも立派な人はたくさんいます。
正にこれから日本を背負って立つ若い人たちが、これらの言葉に触れ、高い志を抱いて日々を過ごしていくならば、きっと未来の日本も明るいでしょう。

限られた範囲内でも良い。
そうした若者にこのブログを読んでもらえたら。

そんな思いで日々徒然に書き込んでいきます。

第2699日 「人望」 と 「仲間」 についての一考察

今日のことば

【原文】
事を処するに平心易気なれば、人自ら服し、纔(わず)かに気に動けば、便ち服せず。〔『言志後録』第187章〕

【意訳】
物事を処理する際に、心が平静でゆったりとしていれば、人は自ら従うものである。ところが感情に負けて動いてしまうと、人は従わなくなる

【一日一斎物語的解釈】
いつも穏やかな人の周りには自然と人が集まってくるが、すぐに感情的になる人からは人は遠ざかるものだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、勉強会仲間と一緒にI県にやってきたようです。

目的は、フミさんこと松本元社長のセミナーハウスであるドリームハウス23で勉強会を開催し、夜は皆で宴会をやることにあるようです。

「ようやく来れました。ずっと楽しみにしていたんですよ」

「私も楽しみにしていたよ。十分なおもてなしをするから楽しみにしていてね」

「ありがとうございます!」

神坂課長を含めた10名が参加し、午後に集合して勉強会を開催し、いよいよ宴会の時間となったようです。

「さあ、どうぞこちらへ」

「うわぁー、何ですか、この豪勢なお料理は!!」

なんと松本さんと奥様、そして娘さん夫婦も手伝って、コース料理でおもてなしをしてくれるようです。

「お品書きまであるじゃないですか!!」

次から次へと地元の幸をふんだんに使ったお料理が運ばれてきて、参加者一同、満足を通り越して、恐縮しているようです。

「ゴッドを中心にこんな企画を立ててくれて、遠路はるばるここまで来てくれたことは、本当に嬉しいし、ありがたいんだよね」

「あれ、フミさん泣いてますか?」

「いや、昨日は凶のことを思うだけで涙が出て来たけど、今は酒のせいか涙が出ない(笑)」

一同大爆笑です。

「今日は、フミさんのドリームハウスを見せてもらいたくて、いろいろな場所から仲間が集まってきました。これはフミさんの人間力以外の何物でもないですね」

参加した皆さん、うなずいています。

「やっぱり、いつもおだやかな心をもった器のでっかい人のところには人が集まるんだなぁ。私ももっと自分を磨かないといけませんね」

「ノー・プロブレム! 瞬間湯沸かし器と言われた私がこうなれたんだ。ゴッドだってなれるよ!」

「なれますかねぇ? 私はすぐに感情的になってしまうからなぁ。こういう人間には人は寄り付かないんですよね」

大宴会の後は、松本さんの趣味のひとつ仏画を鑑賞させてもらい、参加者の皆さんは最寄りのホテルに戻りました。

「フミさんは、なんて凄い人なんだろう。また背中が遠くなった気がするけど、あの人を目標に俺も頑張ろう!!」

夜空に広がる満点の星を見ながら、神坂課長はひとりそう思ったようです。


ひとりごと

この物語はほぼ実話です。

実は昨日この大宴会が開催され、小生は今、ドリームハウスから最寄りのホテルの部屋で、日本海を眺めながらこのブログを書いています。

とても楽しくて、感動的な一日を味合わせて頂きました。

フミさん、ご家族の皆様、本当にありがとうございました!!

ご迷惑でなければ、またお邪魔させてください。


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第2698日 「宝物」 と 「自己」 についての一考察

今日のことば

【原文】
物一有りて二無き者を至宝と為す。顧命の赤刀・大訓・天球・河図(かと)の如き、皆一有りて二無し。故に之を宝と謂う。試みに思え、己一身も亦是れ物なり。果たして二有りや否や。人自重して之を宝愛することを知らざるは、亦思わざるの甚だしきなり。〔『言志後録』第186章〕

【意訳】
物がただ一つで同じものがふたつとない物を宝物という。『書経』の顧命における赤鞘(あかざや)の刀、三皇五帝の書、鳴る球・竜馬図などは、全てただ一つであって同じものはない。だからこそ宝物と呼ばれるのだ。試みとして考えて欲しい。自分の体もまた唯一であって、ふたつとないはずであろう。人は自分の体を大切にすべきことに気づかないのは、あまりにも無思慮なことではないか

【一日一斎物語的解釈】
自分の身体こそが、自分にとって最も大切な宝物であることを認識していない人は多い。我が身あっての人生であることに思いを致すべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新美課長とランチ中のようです。

「どうだ、坊主はスクスク育ってるか?」

「おかげさまで。もう、可愛くて仕方がないです」

「お前に似ないことを祈るよ」

「大きなお世話ですよ!」

「たしかに3歳くらいまでは口答えもしないし、自分から近づいてくるし、可愛いよな」

「家や車も高価なものですけど、やっぱり一番の宝は息子ですねぇ」

「気持ちはわかるが、我が子を一番の宝だと思うのはどうかな?」

「え、なぜです?」

「誰にとっても一番大事なのは自分自身であり、自分の身体じゃないか? 今、お前に何かあったら、その坊主は路頭に迷ってしまうんだぜ」

「言われてみればそうですね。息子が大病でもしたら変わってあげたいと思うのが親心ですけど、そのためには自分が生きていて、五体満足でないといけませんものね」

「そうだろ? みんなそれを忘れている気がするんだよな」

「たしかに、車やバイクも健康な体があってこそ、乗ることができるわけですしね」

「どれだけ立派な家を建てても、病気で入院しちゃったら住めないしな」

「でも、自分を過保護にするのもダメですよね?」

「うん。国宝の仏像は絶対秘仏にしてはいけないそうなんだ。宝物は、観てナンボ、使ってナンボだってことだよな。過保護に可愛がって、自分さえ良ければ他人はどうでもいいなんて思う奴は、実は自分自身をも大切にしていない奴なんだよ」

「そうですよね。可愛い息子のためにも、まずは私が元気で仕事を頑張らないと!」

「ただ、息子が宝だなんて思うのは今だけだぜ(笑)」

「そうですか?」

「そうだよ。中学生になれば、こっちは息子を宝だと思っても、むこうは父親を粗大ごみだと思ってるからな」

「それ、奥様の入れ知恵じゃないですか?」

「それは大いにある!!」


ひとりごと

わが身こそ最大の宝です。

それを忘れてはいけません。

生きているからこそ、やりたいことができるのです。

どうせいつかは死ぬのですから、せめて寿命は全うしましょう。


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第2697日 「本音」 と 「発言」 についての一考察

今日のことば

【原文】
戯言(ぎげん)(も)と実事に非ず。然も意の伏する所、必ず戲謔(ぎぎゃく)中に露見して、揜(おお)う可からざる者有り。〔『言志後録』第185章〕

【意訳】
ざれごとは本来事実ではない。しかもそこに潜んでいる本音は必ず洒落や冗談を言う中に露見するもので、隠しきれるものではないのだ

【一日一斎物語的解釈】
本音というものは、言葉を発すれば必ず露呈する。自分では遠回しに言ったり、冗談ぽく言ったつもりでも、隠しきれるものではない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の石崎君をランチに誘ったようです。

「石崎、お前、さっき俺が説明した内容を全然納得していないだろう?」

「そんなことないですよ! 会社で決めたことなんですから、従うしかないです」

「ほら、本当は不満ですが、仕方なく従いますって言い方じゃないか」

「だって、毎回車に乗る前にアルコールチェッカーで数値を測るなんて面倒じゃないですか」

「面倒か面倒じゃないかというなら面倒に決まっている。でも、10月から法制化されるんだ。やらなければ、法律違反で会社が罰せられるんだぞ」

「お酒を飲んだら、車には乗りませんよ」

「俺だってそうだ。だけど、世の中には酒を飲んで車に乗って、人を殺める奴がいるんだ。性悪説に立てば、こういうやり方しかないんだろうな」

「性善説でできないんですかね?」

「それには徹底的な教育が必要になる。しかも時間もかかる。その間に人の命が失われることは見過ごせないだろ?」

「そうですね…」

「しかし、お前はわかりやすいな。言葉の端々に本音が出まくるからな」

「え、それは営業マンとしてもダメですね?」

「アウトだな。しかも、お前は顔にも出る。いや、顔や態度により鮮明に出る(笑)」

「完全にアウトじゃないですか!」

「まぁ、そういうものだよ。本音は隠そうと思っても隠せるものじゃない。茶化したり、オブラートに包んで言ったとしても、やっぱり伝わるものだよ」

「そうですね。課長も納得していないというのが、よくわかりましたから(笑)」

「そうだよな。俺もお前と話していて、この件には納得できていないのはバレバレだなと思っていた(笑)」

「ちゃんとやりますから、心配しないでください」

「最初から心配なんかしてないよ。お前はなんだかんだ言ったって、ちゃんとやる奴だからな」

「あ、そこもバレちゃってますか?」

「バレバレだよ(笑)」


ひとりごと

小生は酒が飲めません。

それなのに、10月からは一律にアルコールチェックが義務付けられます。

法律とは本来性悪性で作るものなのでしょう。

これを法治主義と言います。

しかし、酒を飲んだら乗らないということを徹底させることも考えていくべきではないでしょうか?

時間はかかりますが、教育によって、それを実現することもあきらめてはいけません。

それこそが、孔子が目指した徳治主義なのです。


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第2696日 「豊か」 と 「倹約」 についての一考察

今日のことば

【原文】
鶏鳴きて起き、人定まりて宴息(えんそく)す。門内は粛然として書声室に満つ。道は妻子に行なわれ、恩は蔵獲(ぞうかく)に及ぶ。家に酒気無く、廩(くら)に余粟(よぞく)有り。豊なれども奢に至らず、倹なれども嗇(しょく)に至らず。俯仰愧ずる無く、唯だ清白を守るのみ。各おの其の分有り。是の如きも亦足る。〔『言志後録』第184章〕

【意訳】
朝は鶏が鳴いて起床し、人の寝静まる時刻には就寝する。門内は静かに整然として読書の声が部屋に満ちている。妻子も正しい道を踏み行い、その恩恵は家来にも及んでいる。家に酒はなく、蔵には穀物の貯えがある。豊かであるが贅沢ではなく、倹約ではあるがけちではない。天地神明に恥じることなく、ただ清廉潔白を守っている。人にはそれぞれ分限がある。このような生活をしていれば「足る」というべきであろう

【一日一斎物語的解釈】
豊かであるが贅沢ではなく、倹約ではあるがけちではない。自分の分に応じた知足(足るを知る)を心掛けることが、わが身の修養となる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、相原会長と久しぶりにナイター競艇に来たようです。

「久しぶり過ぎて舟券の買い方、忘れちゃったよ」

「私も競馬中心で、ボートはしばらくご無沙汰でした」

結局、今日は二人とも1レースも当たらず、相原会長の自宅近くの蕎麦屋さんに入ったようです。

「そういえば、この前会長をお送りしたときに、車庫が見えたんですけど、車は日本車なんですね。てっきりBMかベンツに乗っていると思っていました」

「僕は車にはあんまり興味がないからねぇ。でも、軽に乗っているわけじゃないから良いでしょ?」

「もちろん、ケチだなんて言うつもりはないですよ。単純に意外だなと思っただけで…」

「豊かであっても贅沢でなく、倹約してもケチではない。そういう生活を心がけているんだよ」

「それで、今日は二人とも負けたから、寿司屋ではなく蕎麦屋なんですね?」

「でも、ざるそばではなく、天ざるだからね!」

「なるほど、倹約ではあるがケチではないですね(笑)」

「やっぱりそれなりに稼いだ人間には、そのお金を使う義務があると思うんだよ」

「使う義務か! 言ってみたいなぁ」

「あ、ごめんね。自慢している訳じゃないんだよ」

「もちろん、分かっています。でも、仰るとおりだと思います。今は特にCOVID-19の影響で、飲食店は厳しい経営状況ですから、お金を使うべきだと思っています」

「これまでだいぶお世話になってきたもんね!」

「はい。なじみの店が潰れるのは凄く残念だし、悲しいですからね」

「うん。ただし、自分の分を弁えてね。収入より支出が多いような生活はダメだよ。神坂君が破産してしまうからね」

「その辺は心得ているつもりです。最近は本代もバカにならないので、ギャンブルをセーブしているんです」

「酒代は減らさず?」

「それが、私の倹約だがケチではない流儀です」

「さっそく使ったね(笑)」


ひとりごと

豊かであるが贅沢でなく、倹約であるがケチではない。

この絶妙な感覚が良いですよね。

そのためにはまず自分の分をしっかりと弁えよ、と一斎先生は言います。

その上で、経済を回すために、必要なお金は使っていきましょう!!


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第2695日 「智仁勇」 と 「育成」 についての一考察

今日のことば

【原文】
一罪科を処するにも、亦智・仁・勇有り。公以て愛情を忘れ、識以て情偽を尽くし、断以て軽重を決す。識は智なり。公は仁なり。断は勇なり。〔『言志後録』第183章〕

【意訳】
ひとつの罪を処理するにも、智・仁・勇が必要である。公正な立場で愛憎を除き、見識をもって真偽を正し、強い意志をもって敬重を判断する。この場合、識が智・公が仁・断が勇に該当するといえよう

【一日一斎物語的解釈】
部下や後輩に対しては、儒学の三徳である知・仁・勇をバランスよく発揮すべきである。いずれかに偏っては、正しい人材育成は不可能となる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、読書会に参加した後、フミさんこと松本元社長と食事をしているようです。

「フミさんは昔、瞬間湯沸かし器と呼ばれていたんですよね?」

「ザッツ・ライト! ティファールなんか相手にならないくらい一瞬で沸騰していたよ」

「いまはこんなににこやかなのに」

「もう現役じゃないからねぇ」

「フミさんは、社員さんを育成するとき、どんなポリシーをもってやられていたのですか?」

「なるべく公平に、見識を正し、勇気をもって断じる、これかな」

「へぇー、カッコいいなぁ」

「これをセゴドン(西郷さん)に言ったら、それはまさに知仁勇の儒教の三徳ですね、と言われてびっくりしちゃったよ」

「すごいじゃないですか。現役時代からそんなことを意識していたなんて!」

「ちがう、ちがう。偶然だよ。そのころは、知仁勇なんて言葉すら知らなかったんだから」

「がくっ。そういうことですか(笑)」

「結果的に、知仁勇の三つのバランスが取れていたから、離職率も少なく、人がよく育ってくれたのかなぁと思っているんだ」

「絶対にそうですよ」

「真理って結局そういうものなのかもね」

「はい。理論としては知らなくても、正しい行為というのは、正しい理論に合致しているものなんでしょうね」

「うん。でも、理論を知ることで、感覚的なことを言葉として伝えることができるようになる。だから、学ぶことは大事なんだね」

「はい。学びを実践する楽しさに目覚めた、今日この頃です」

「ゴッドが羨ましいよ。私はもう引退してしまったからねぇ」

「私はむしろ、引退しても学び続ける姿勢に刺激を受けますよ。それに、臨床宗教師としての道はこれからじゃないですか!!」

「オー、イエス! そうだった!! なるべく公平に、見識を正し、勇気をもって伝えることを、もう一度意識しないとね!


ひとりごと

部下や後輩の育成は、一筋縄ではいきません。

好悪の感情を捨てて公平な視点に立ち、正しい見識を活用して指導し、勇気を持ってやらせてみる。

この知仁勇のバランスをとることが、育成の秘訣なのだ、と一斎先生は言います。

つまりは、部下の成長はリーダーの姿勢と覚悟如何に懸かっているといっても過言ではないのでしょう。


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