一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

江戸末期、維新を成し遂げた志士たちの心の支えとなったのが佐藤一斎先生の教えであったことは国史における厳然たる事実です。
なかでも代表作の『言志四録』は、西郷隆盛翁らに多大な影響を与えた箴言集です。

勿論現代の私たちが読んでも全く色褪せることなく、心に響いてきます。

このブログは、『言志四録』こそ日本人必読の書と信じる小生が、素人の手習いとして全1133章を一日一章ずつ拙い所感と共に掲載するというブログです。

現代の若い人たちの中にも立派な人はたくさんいます。
正にこれから日本を背負って立つ若い人たちが、これらの言葉に触れ、高い志を抱いて日々を過ごしていくならば、きっと未来の日本も明るいでしょう。

限られた範囲内でも良い。
そうした若者にこのブログを読んでもらえたら。

そんな思いで日々徒然に書き込んでいきます。

第2410日 「博聞強記」 と 「精神入神」 についての一考察

今日のことば

原文】
博聞強記は聡明の横(おう)なり。精義入神は聡明の竪(じゅ)なり。〔『言志録』第144条〕

【意訳】
人の意見を幅広く聞き強く心に記憶することは、聡明さの広がり(横幅)であって、精密に道義を研究し神妙な領域に到達することは、聡明さの奥行である。

【一日一斎物語的解釈】
多くの書を読み、人の意見を受け容れることは、重要である。しかし、そのままでは自分のものになり得ない。学んだことを深く研究し、自問自答を繰り返して煮詰めた後、行動に移すべきである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新美課長とランチに出掛けたようです。

「いつの間にかお前も課長らしくなってきたな」

「え、本当ですか? それ、何気に嬉しいお言葉です」

「だって当たり前にマネジメントの話ができるようになったじゃないか。それってお前が俺のレベルに近づいたってことだろ?」

「元々、それほど距離が遠くなかったとも言えますが・・・」

「やかましいわ! あとはそういう可愛くないところが治ると、お前も良い後輩になるんだけどな」

「結局、神坂さんの話って、全部自分中心ですよね」

「げっ、痛い所を突くな。実は、以前に佐藤部長に同じことを言われたよ。もっと他人の意見に耳を貸して、幅広く情報を収集した方が良いってな」

「それがわかってるなら、努力しましょうよ!」

「してるよ! というか、今の会話はちょっとしたおふざけだからな。お前はそういうユーモアを解する力が本当に乏しいよな」

「それが、神坂さんが相手だとどうしても素直に受け容れられないんですよね」

「お前も俺と同じじゃないか。自分と同じタイプの人間とばかりつるんだり、そういう仲間の意見ばかり聞いていると偏るぞ。俺のような真逆の意見の持ち主が、お前には必要なんだ」

「ほら、また自分が王様みたいな言い方をしてる」

「あ、本当だ。(笑)」

「でもたしかに、自分と違う意見って最初は受け入れられないんですけど、後々よく噛みしめてみるとすごく有益だったりしますよね?」

「そうだよな。なにしろ自分の発想にはない世界を教えてくれているわけだからな」

「この前、T市役所に隣接する細井平洲記念館に行ってきたんです」

「あー、俺も一度行きたいと思っていた場所だ」

「小さな館でしたけど、そこにしかない小冊子も売っていたりして、良かったですよ」

「へぇー、今度行ってみる」

「そこで額縁に入った平洲先生の言葉が掲げられていたんです。『学思行相須(ま)って良となす』、感動しました」

「どういう意味?」

「インプットしたら、すぐにアウトプットするのではなく、一度思うこと、つまりじっくりと思索することが大切だ、という意味だと理解しました」

「なるほど、そういうことか。それは俺にとっても凄く為になる言葉だな」

「人から聞いた良い言葉って、ついすぐに人に話したくなりますからね」

「まずはじっくりと自分の中でコトコト煮詰めることが重要だな」

「はい」

「新美、これからも俺の至らない点があれば指摘してくれよな」

「もちろんです。そのかわり気を悪くしたり、殴ったりしないでくださいね!」

「俺がいつ機嫌が悪くなったんだよ!!」

「今です!!」


ひとりごと

孔子は、幅広く情報を収集し、その中から確実なものだけを自分の意見とせよ、と言っています。

この確実なものだけを選び取る作業がとても重要なのです。

これを「思索」と呼びます。

学(インプット)思(施策)行(アウトプット)の3つが揃ってはじめて学問は完成するという言葉があります。

これは上杉鷹山の師とされる儒学者・細井平洲の言葉です。

小生が常に大切にしている言葉でもあります。

ぜひ、皆さんも記憶の片隅にとどめておかれることをお勧めします。


heishu-kinenkan

第2409日 「古往」 と 「今来」 についての一考察

今日のことば

原文】
古往の歴史は、是れ現世界にして、今来の世界は、是れ活歴史なり。〔『言志録』第143条〕

【意訳】
過去の歴史の上に現在の世界があり、未来の社会は過去の歴史を活かして作り上げるものである。

【一日一斎物語的解釈】
先人の仕事が今を作り、今現在の我々の仕事がこれ以降の歴史を築いていく。


今日のストーリー

仲良し同期三人組の石崎君・善久君・願海君の3人が喫茶コーナーで雑談中のようです。

石崎「世の中は働き方改革だとか言っているけど、ウチはまだみんな残業しているよね」

善久「これでも相当減ったらしいよ。山田さんが言ってたけど、以前は全員で日付が変わるまで仕事していたらしいもん」

「それはきついな。それもただ働きでしょ?」

願海「当時は、だれも残業代なんか申請していなかっただろうからね」

「世の中の若者は定時で帰って、アフター5を楽しんでいるというのに、俺たちは時代に取り残された可哀そうな若者なのかな?」

「俺の友達は、仕事帰りにフットサルをやっていると言ってた。羨ましいよなぁ」

「でもね。今の自分というのは、過去の自分が作り上げたものなんだよ」

「え、どういうこと?」

「たとえば、一流大学に通う学生と三流大学に通う学生との違いは、能力の違いではなく、受験勉強を一所懸命にやったかやらなかったかの違いだということだよ」

「三流大学を出た俺にはキツイ言葉だな」

「あ、ちょっと事例を間違ったね。でも、それは僕も同じだよ。でも、ここで頑張れば、もしかしたら一流大学を出た同級生より成功できるかも知れないよ!」

「なるほど。今こうやって頑張っている俺たちには、今遊んでいる若者よりも明るい未来が待っているってことか!」

「僕はそう信じているよ」

「やっぱり、頑張ったら頑張ったなりの成果は出るんだよね」

「もちろん、やり方も大事だとは思うけど、最後は泥臭い仕事をコツコツやる人が勝つんじゃないのかな」

「そういえば、カミサマが『努力は裏切らない』とか言ってたな」

「そうだね。三流大学を出た僕たちが一発逆転を狙うには、いまここで頑張るしかないんだね!」

「そう思ったら、残業が嫌じゃなくなってきたな」

「でも、残業し過ぎるとカミサマに文句を言われるんだよね」

「自分は散々残業した癖に、俺たちには残業するなって、追い越されるのが怖いのかな?」

神坂「そんなわけないだろ!!」

「げっ、いつの間にそこに居たんですか、課長!」

「ちょっと前にコーヒーを買いに来たら、お前らがだべっていたから陰で聞いてたんだよ。しかし、さすがは願海だな。良いことを言うよ。たしかに、今の俺がこうして課長になれたのは、あの頃の努力のお陰だ」

「それにプラスして人材難というのも大きかったんじゃないかって、大累課長が言ってましたけどね」

「あいつにだけは言われたくないわ!!」


ひとりごと

現在の世界は、過去の歴史が作り上げたものであり、未来は今の積み重ねで築かれていくものです。

人も同じでしょう。

過去の自分が今の自分を形作り、今の自分が将来の自分を作り上げていくのです。

そうと分かれば、今この時を大切にし、精一杯力を尽くすべきですね。

でも、決して働き方改革に反旗を翻しているわけではありませんので、勘違いなされないようにお願いします。


business_zangyou

第2408日 「名言・至言」 と 「誠の精神」 についての一考察

今日のことば

原文】
吾れ書を読むに方(あた)り、一たび古昔聖賢豪傑の体魄(たいはく)皆死するを想えば、則ち首(かしら)を俯して感愴(かんそう)し、一たび聖賢豪傑の精神尚お存するを想えば、則ち眼を開きて憤興(ふんこう)す。〔『言志録』第142条〕

【意訳】
私は書を読む際に、昔の聖人・賢人・豪傑と呼ばれた人たちの体も魂も今はこの世にないことを思うと、うなだれて悲しい気持ちになるが、その精神は今もまったく衰えずに存在していることを思うと、目を見開いて発奮興起するものだ。

【一日一斎物語的解釈】
多くの名言・至言を残した偉人たちはすでにこの世にはいない。それは悲しく残念ではあるが、言葉とともにその人の誠の精神は未だに生きている。それを汲み取り、次の世代へ引き継いでいくのが我々の使命である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生を訪れているようです。

「先生、COVID-19はいつ収束するんですかね? こんな生活がいつまで続くのでしょうか?」

「俺は専門家じゃないから正確なことは言えないが、治療薬ができるまでは、以前の生活には戻らないだろうな」

「治療薬なんてだいぶ先ですよね。タミフルとかリレンザが開発されたのだって、つい最近ですもんね」

「タミフルもリレンザも保険適用となったのは2001年、イナビルは2010年だ。たかだか20年前だよな」

「それまではインフルエンザに罹っても安静にして熱が下がるのを待つしかなかったんですよね」

「そうだな。しかし、世界中の製薬メーカーがしのぎを削っているから、それほど遠くない将来に開発されるだろう」

「それなら良いんですけどね」

「それまでは、三密回避や手洗いうがいの徹底とマスク着用は避けられないだろう」

「やっぱりそうですか。政府も緊急事態宣言以外に打つ手はないんですかね?」

「疫病に関しては、政治でやれることには限界があるだろうな」

「ちょっと疲れてきましたよね。こんなとき政治は無力なのかぁ。もし、一斎先生が生きていたらなぁ」

「バカやろう! 死人に口無しだ」

「それはわかってますけど、今の政治家が頼りないから、つい昔の偉人に聞いてみたくなったんです」

「たしかに佐藤一斎も孔子もとっくにこの世にはいない。しかし、お前はその人たちの精神や誠を学んでいるんじゃないのか?」

「それはそうですけど・・・」

「それなら、彼らがどう考え、どんなアドバイスをするかは想像がつくだろう」

「そうですねぇ、きっと孔子なら、じっと我慢しろとは言わない気がします。もっと積極的に動けと言うでしょうね」

「たしかにじっとしていれば感染のリスクは減るが、経済活動はストップしてしまう。経済を回しながら、感染しても重症化しない仕組みを作り上げていくしかないんだろうな」

「ウィズ・コロナですね」

「そうだな。アフター・コロナはまだ相当先かも知れないな」

「まだまだ酒を飲んで大騒ぎできる日は遠い未来なのかぁ」

「お前も四十を超えたんだろう。この機会にそういう学生みたいな酒の飲み方をやめるんだな!」

「たしかに・・・」


ひとりごと

一斎先生が言うように、歴史上の偉人はもうこの世にはいません。

この言葉を発した一斎先生自身も今はもう天に召されてしまいました。

しかし、『言志四録』や『論語』という古典の名著の中に、そうした偉人の言葉が残っています。

いや、言葉だけではありません。

言葉に乗せた想いまでもが、古典の中に凝縮されているのです。

そうした偉人の誠を読み取ることができるまで、深く古典と向き合ってみましょう!


youkai_hitodama

第2407日 「古典」 と 「歴史」 についての一考察

今日のことば

原文】
一部の歴史は、皆形迹(けいせき)を伝えて、情実或いは伝わらず。史を読む者は、須らく形迹に就きて以て情実を討出(とうしゅつ)するを要すべし。〔『言志録』第141条〕

【意訳】
一部の歴史の中には、すべて表面上の形跡を伝えるだけで、その出来事の中で起きている人間の心の動きを伝えようとしていない。歴史を読む(学ぶ)者は、表面上の事実からその内にある実情を探り当て、つかみ出さなければならない。

【一日一斎物語的解釈】
歴史上の出来事を読み取る際には、表面的な事実だけでなく、その奥にある登場人物の心の動きを捉える必要がある。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚の西郷さんと食事をしているようです。

「『論語』がなぜ二千五百年もの長期に渡って読み継がれてきたかが少し分かる気がしてきましたよ」

「ほぉ、ぜひ聞かせてほしいな」

「孔子の言葉にしても、他の弟子達の言葉にしても、言葉だけが記載されていて、どんな場面かが書かれていないですよね?」

「うん」

「それがかえって読む人に自由な発想をさせているんじゃないですか?」

「神坂君、流石だね。その通りだと思うよ。もし細かく場面設定が書かれていたら、読む方も発想が広がらないよね」

「はい。自由に孔子や子路、顔回の気持ちを想像して、自分の学びにすることができる」

「つまり読む人の数だけ違う『論語』が生まれるんだよね」

「あー、そうです! だから、これだけ長い間、読み継がれてきたんじゃないかなぁ」

「どんなシーンを想定するかで、孔子の立場も変わってくるから、当然想像する孔子の気持ちも変わってくるよね」

「はい。孔子は自分自身のことを謙遜しているととるのか、弟子たちを今してめているととるのか、そのシーンの捉え方で全然違う問答になるんですよ」

「現に、有名な先生方の解釈ですら、あれだけ異なる解釈がされる訳だからね」

「それって、歴史上の出来事も同じかも知れませんね」

「そうだね。学校の授業では、どうしても出来事だけが表面的に教えられて終わってしまう。だけど、本当に重要なのはその出来事の中に登場する人物の心の動きを読むことだと思わないかい?」

「おっしゃるとおりです。歴史の授業でも、そういうことをディスカッションしたら、面白い授業になりますね」

「歴史好きな少年・少女が増えるよね!」

「はい。サイさんの読書会も実はそこがとても勉強になっています。『論語』の章句を読んで、参加者の皆さんがどう感じたか、ご自身の出来事に照らして話をしてくれるので、とても勉強になります」

「私はあくまで読書会の主査でしかない。多くの先生方の解説を併記して、参加者の皆さんに自由に章句を味わってもらい、感じたことや学んだことを話してもらう。それが最大のウリだと思っているんだ」

「はい。こんな読書会は他になかなかないですよね。これからもできるだけ参加させて頂きますので、よろしくお願いします!」

「こちらこそ。これは私が死ぬまで続けると決めたライフワークだからね。ぜひ末長くお付き合いください」


ひとりごと

古典を読む際には、正解を探すべきではありません。

極端な言い方をすれば、間違った解釈をしても良いのです。

それよりもそこから何を学び、どう仕事や人生に活かすが重要なのです。

そういう意味では、自由に古典の登場人物の心を想像する読み方が最適です。

小生が主査する潤身読書会では、常にこうしたスタンスで会を運営しています。

そしてこの一斎先生の章句を読んで、歴史もまたそうした捉え方で良いのかもしれないと思う様になりました。


shoutoku-taishi

第2406日 「読書」 と 「活学」 についての一考察

今日のことば

原文】
経を読む時に方(あた)りては、須らく我が遭う所の人情事変を把(と)りて注脚と(な)すべし。事を処する時に臨みては、則ち須らく、倒(さかしま)に聖賢の言語を把りて注脚と做すべし。事理融会(ゆうえ)して、学問は日用を離れざる意思を見得するに庶(ちか)からん。〔『言志録』第140条〕

【意訳】
経書を読む際には、自身の実体験に即して読むべきである。また事を処理する際には、先ほどとは逆に、聖人や賢人の言葉を活かすべきである。学問をする際には、知識と実践の双方を重んじ、常に日常を離れないという意識をもっておくことが重要である。

【一日一斎物語的解釈】
本を読む時は、自分の経験に照らして読むと得るものが多い。逆に、なにか事を処理する際には、本で読んだ立派な人の言葉を参考にすると良い。読書(インプット)と実践(アウトプット)は常に一対のものであるから、読書は常に実践を目的としたものでなければならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新美課長とランチに出かけたようです。

「世の中には、本を何冊読んだかを自慢する奴がいるけど、あれは無意味だよな」

「そうですね。読書というのは、何冊読んだかが大事なのではなくて、どれだけ身についたかが大事ですよね」

「そうだよ。本の内容を自分の経験に照らし合わせて読み、そして本で学んだことを実生活や仕事に活かすことこそ大事だからな」

「実践してこそ読書が生きるということですね」

「うん。実際、俺も古典を勉強するようになって、すごく仕事に役立っている。もし、古典を読んでいなければ、未だに滅茶苦茶なマネジメントをしていただろうからな」

「正直に言いますけど、神坂さんが課長になると聞いた時は、ひっくり返りましたよ。よりによって会社一の暴れん坊をマネージャーにするなんて、平社長も佐藤部長も正気かと思いましたから」

「そこまで言うか? しかし、実際一番驚いたのは俺だったと思うけどな。(笑)」

「『立場が人を育てるという言葉は、神坂さんのためにあったんですね」

「もちろん、課長になった以上、課長らしくしようとは思った。だけどやっぱり佐藤部長のお陰だよ」

「古典に導いてくれたのも部長ですもんね」

「最初の頃は、一斎先生の話ばっかりするからウザイ先輩だと思っていたんだけど、いつのまにか俺もすっかり一斎先生に私淑するようになった」

「そして、西郷課長からは『論語』を学ぶ機会を得た。それも大きいんじゃないですか?」

「そのとおり。『論語』はまさに実践のための古典だよ。サイさんの解説は、俺みたいな馬鹿にも分かり易くて、本当にありがたい」

「こんな小さな会社に、古典に精通した先輩が二人もいるなんてすごいことですよね」

「たしかにな。あの人たちに出会わなければ、俺は一生、古典なんて読まずにいただろうからな」

「でも実際、それを見事に実践している神坂さんは尊敬します。その神坂さんの背中を見て、今は清水さんも変わろうとしている。私もお二人に負けるわけにはいきません!」

「そうだよ。大累も含めて、お互いに切磋琢磨しながら更なるインプットを続けて、それをしっかりとアウトプットにつなげていこう!」

「今日、仕事終りに一緒に本屋さんに行きませんか?」

「お、いいね! ここ一ヶ月忙しくて、書店に行ってなかったからな。どんな本に出会えるか、楽しみだ!!」


ひとりごと

以前にも書きましたが、小生はかつて年間100冊読破を目標に掲げました。

結果的に、なんとか100冊をクリアしたものの、後半はページ数の少ない本を選んだりするなど、やや本末転倒となっていました。

この章句にもあるように、読書は日常生活に即して読み、日常生活に活かしてこそ意味があります。

つまり、活学してこそ、読書と言えるのでしょう。


books
プロフィール

れみれみ