一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

江戸末期、維新を成し遂げた志士たちの心の支えとなったのが佐藤一斎先生の教えであったことは国史における厳然たる事実です。
なかでも代表作の『言志四録』は、西郷隆盛翁らに多大な影響を与えた箴言集です。

勿論現代の私たちが読んでも全く色褪せることなく、心に響いてきます。

このブログは、『言志四録』こそ日本人必読の書と信じる小生が、素人の手習いとして全1133章を一日一章ずつ拙い所感と共に掲載するというブログです。

現代の若い人たちの中にも立派な人はたくさんいます。
正にこれから日本を背負って立つ若い人たちが、これらの言葉に触れ、高い志を抱いて日々を過ごしていくならば、きっと未来の日本も明るいでしょう。

限られた範囲内でも良い。
そうした若者にこのブログを読んでもらえたら。

そんな思いで日々徒然に書き込んでいきます。

第2849日 「誠」 と 「夢」 についての一考察

今日のことば

【原文】
誠意は夢寐(むび)に兆す。不慮の知、然らしむるなり。〔『言志晩録』第82条〕

【意訳】
真の誠は眠っている間に、その兆しが見えるものである。これは考えずとも自然に発揮される知能がそうさせているのであろう

【一日一斎物語的解釈】
心から願うことは、寝ている間にも脳の中で実現に向けて動いている。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長と雑談中のようです。

「大累、知っているか? 人間の脳は寝ている間にも進化しているらしいぞ」

「どういうことですか?」

「たとえばリフティングが苦手な少年が、昼間に一所懸命に練習をしたとするだろ。それは昼間の段階では筋肉制御の単純な記憶のままなんだそうだ。ところが、寝ている間に脳がそれを運動センスにまで高めて、運動野に書き込んでいくらしい」

「へぇー、それで翌日にはリフティングがうまくなっているってことですか?」

「うん」

「人間の能力ってすごいですね」

「ただ、俺は思うんだよな。それってその子が絶対にリフティングがうまくなりたいという強い想いがあれば、という条件つきなんじゃないかとね」

「あぁ、それはあるでしょうね。そういう想いが懸命な努力につながって、それを脳が最終的にセンスにまで高めてくれるってことでしょうね」

「そう思うよ」

「そう考えると、睡眠というのは休息だけが目的じゃないんですね」

「うん。運動だけじゃないと思うんだよな。昼間にすごく頭を悩ましたことが、寝ている間に熟成されて、翌朝目覚めたときに答えがまとまっているという経験もあるからな」

「神坂さんでもそんなに頭を悩ますことがあったんですか?」

「うるせぇな。こう見えても俺は繊細なんだよ!」

「自分で言いますか?」

「誰も言ってくれないからな」

「そうか、最近どうも仕事がうまく行かないなと思っていたんですけど、睡眠が足りていなかったのかも知れないな。それで、いつものようなキレッキレのアイデアが浮かんでこないんだな」

「お前こそ、自分で言うか?」

「誰も言ってくれませんからね!」

「寂しいな、俺たち」

「せめて自分だけは自分の応援団長でいましょうね」

「そうだな。寝る前に『俺はビッグだ』って3回唱えてから眠ることにしよう!」

「今どき『ビッグって……」


ひとりごと

夢の効能の話です。

ストーリーの中のサッカー少年の事例は、少しアレンジしていますが、元は黒田伊保子著『英雄の書』に書かれていたものです。

人間の心と体はすべて脳と繋がっているということでしょう。

ところで最近の医学では脳腸相関という言葉がキーワードとなりつつあります。

これは、脳と腸内細菌とが非常に深く関係しているということで、腸内細菌の状況によって病気が解明されつつあります。

これについてはいつかまたストーリーにしてみます。


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第2848日 「刺激」 と 「修養」 についての一考察

今日のことば

【原文】
暗夜に坐する者は体軀を忘れ、明昼に行く者は形影を弁ず。〔『言志晩録』第81条〕

【意訳】
深夜、静坐瞑目する者は、身体があることを忘れて、自分自身の内面を見つめなおすが、明るい昼間に行動する者は、その身体は把握できても、その内面を忘れがちである

【一日一斎物語的解釈】
我々は活動している時こそ、内面すなわち心の修養に励むことを忘れてはいけない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と一杯やっているようです。

「そういえばタケさんは、寝る前に静坐して瞑想をしているんでしたよね?」

「そろそろ始めてから一年になるかな」

「効果はありますか?」

「それは当然だよ。その日にあったことをしっかりと思い返して、反省すべき点、自分を褒めてやる点を洗い出して整理できるから、寝つきもいいし、目覚めも爽快になるよ」

「へぇー、目覚めにも影響があるんですか?」

「うん、これはビックリ。実は瞑想を始めたきっかけは、あの渋沢栄一翁が毎晩そうしているというのを知って、自分もやってみようと思ったからなんだよね」

「タケさん、渋沢栄一が好きなんですか?」

「尊敬すべき大偉人だよ。日本資本主義の父と呼ばれる人だよ!」

「それは知っていますけど、タケさんと渋沢栄一はピンと来ないな」

「大きなお世話だよ! でもね、神坂君」

「はい」

「瞑想してみて気づいたことがあるんだ。夜、独りで静かに瞑想するときは、自分の内面を深く見つめ直すことができるんだけど、起きて活動しているときには、外からの刺激に影響されやすい。なかなか自分の心と対話できていないんだよね」

「たしかにそうかも知れませんね。仕事をしていると自分ではコントロールできない外部からの攻撃にいつも晒されている感がありますからね(笑)」

「でしょ? 瞑想を始めたお蔭でそれに気づけた。だから、今は仕事中に心を失いそうになったときは、そっと目を瞑って自分の心と対話するようにしているんだ」

「心を亡くすと書いて、いそがしいと読む。『忙しい、忙しい』と騒いでいる連中というのは、結局のところ修養が足りていないということなんでしょうね」

「そのとおり! お蔭で以前より心穏やかでいられるようになったよ」

「私はタケさんの話を聞いて、日中の心の置き所を考えるヒントをもらいましたよ!」

「神坂君も静坐瞑目してみる?」

「私の場合、目を瞑った瞬間に落ちてしまうので、昼間に仕事しながら心と対話するようにします」

「あぁ、そう……」


ひとりごと

たしかに独り静かに瞑想していれば、心と対話もできるでしょう。

しかし、日中は次から次へと外部から刺激が入ってきますので、自分を失いがちになります。

そんなときでも自分の心と対話して平静さを保てるか否か。

それは結局、心をどこまで磨けているかに懸かってくるのでしょうね。


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第2847日 「徳目」 と 「不可分」 についての一考察 

今日のことば

【原文】
「其の背(はい)に艮(とどま)り、其の身を獲ず。其の庭に行きて其の人を見ず」とは、敬以て誠を存するなり。「震は百里を驚かす。匕鬯(ひちょう)を喪わず」とは、誠以て敬を行なうなり。震艮(しんこん)正倒して、工夫は一に帰す。〔『言志晩録』第80条〕

【意訳】
『易経』艮為山(ごんいさん)の卦に、「その背に(とど)まりてその身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎なし」(意味:(見ざる所)に止まれば、欲心に乱されることが無いので、忘我の境地になれる。外に出ても人(外物)のために煩わされることが無い。まったく禍なく安泰である)とあるのは、敬の心をもって誠をその身に存するということである。同じく、震為雷の卦に「震は、亨る。震の来るとき虩虩(げきげき)たり。笑言啞啞(あくあく)たり。震は百里を驚かせども匕鬯(ひちょう)を喪わず」(意味:(震の象)鳴が方百里の遠きに及んで驚かすことがあっても、宗廟の祭祀に祭用の匙や香酒を手にする者は、戒慎恐懼してそれを取り落とすことがない)とあるのは、誠の心をもって敬を行うということである。震艮は真逆のものであるが、敬と誠の工夫はひとつに帰するものである

【一日一斎物語的解釈】
「敬」と「誠」という徳目は、まったく別物のようであるが、実はその修得の工夫においては不可分のものなのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、勉強会仲間のフミさんこと、松本さんと食事をしているようです。

「フミさんは、誰に対してもつねに謙虚で、人を敬う心が言葉や行動に表れていますよね」

「うれしいことを言ってくれるね。もし、そう見えているなら、ワシもようやく学びが板についてきたのかもしれないな」

「そうですか? 最初に会った時から感じていましたけどね」

「何をご冗談を。敬の心を持つことは簡単なことじゃないよ」

「そうなんですか?」

「人を敬うということは、ある意味で自分の至らなさを認めることでもあるからね」

「『負けた!』と思えるから、敬えるということですか?」

「ザッツ・ライト! 自分の至らなさに気づくためには、自分自身に誠がなければならないからね」

「誠ですか?」

「自分地震に対しても嘘をつかない心、そしてその心をベースにして他人に対しても偽らない心、それが誠というものだよね」

「なるほど」

「心の中ではそれほどでもないのに、大袈裟に人を褒めるような人間には誠がない。誠のない敬は相手に伝わらない」

「誠なくして敬はない、ということですか?」

「イグザクトリー! そして、誠の心が敬を育む一面もある」

「敬と誠は表裏一体なんですね」

「セパレートすることはできないだろうね!」

「フミさんの場合は、そんな凄いことを実体験から学んできたんですね?」

「もちろんそういう面もあるけど、やはり学びの効果だと思うよ。もし、古典とめぐり会っていなければ、きっと人を心から敬うことはできなかっただろうからね」

「そう言われると私もまだ本当の意味で人を敬うことができていない気がします」

「ゴッドの場合は、まだ若いんだから、その年で気づけたことに感謝すべきだよ!」

「そうですね。そして、フミさんにこうしてめぐり会えたことにも感謝をしたいです!」

「オー、ユー・マスト・ビー・ジョーキング(ご冗談を!)」


ひとりごと

敬も誠も儒学においては、非常に重要な徳目です。

しかし、頭で理解できても、実際にこの徳目を実践することは容易ではありません。

その理由は、この2つの徳目は不可分だということに気づかないからなのかも知れません。

本来、徳目とはそういうものなのでしょう。

ひとつを卒業したら次に取り組む、といった類のものではなく、互いの関係性を理解しつつ同時に取り組むべきなのでしょう。


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第2846日 「臍下」 と 「成果」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人身にて、臍(せい)を受気の蒂(てい)と為せば、則ち震気は此れよりして発しぬ。宜しく実を臍下に蓄え、虚を臍上に函(い)れ、呼気は臍上と相消息し、筋力は臍下よりして運動すべし。思慮云為(しりょうんい)、皆此に根柢す。凡百の技能も亦多く此くの如し。〔『言志晩録』第79条〕

【意訳】
人間の体では、臍は気を受ける場所であり、生生活動の気は臍から発生している。よく臍下丹田に力を蓄え、心は空しくして、呼吸は臍上と通い合い、筋力は臍下から発するようにして体を動かすべきである。物事を考えるのも、何事かなそうとすることも、みなここに根源がある。どのような技能であっても、ほとんどはこの点が重要である

【一日一斎物語的解釈】
臍下丹田に力を蓄え、心を空にして取り組めば、何事も首尾良く進むものである。


今日のストーリー

営業2課の梅田君の営業活動に、先輩の石崎君が同行しているようです。

「最近の石崎さんは凄いですよね。コンスタントに毎月売り上げを稼いでいて、うらやましいです!」

「『うらやましいって、俺は偶然そうなっているわけじゃないよ!」

「あっ、すみません。俺、いつも言葉で人を怒らせちゃうんですよね。もちろん、運がいいなんて思っていないです。何か秘訣がありますか?」

「結局、成功への近道はないみたいだよ。コツコツ努力するしかないんじゃないかなぁ」

「つまらない答えですね!」

「おい、梅田!!」

「あっ、すみません。それはわかるんですけど、少しくらい近道がないのかなと思いまして……」

「そうだ、ひとつある!」

「待ってました!!」

「へその下に力を入れることだ」

「はぁ? なんすかソレ!」

「ここぞというときはへその下に力を入れると良いんだ。たしか、臍下丹田という場所だったな」

「そんなことで変わりますか?」

「臍下丹田はパワーの源らしいよ。勝負のときこそ、グッとへその下に力を入れて、大きく深呼吸。そして余計なことを考えずに、心を空っぽにして臨むんだ」

「そうすると、うまく行くんですか?」

「不思議とね」

「本当かなぁ? まぁ、騙されたと思って試してみます!」

「おい!!」

「あっ、すみません。それって石崎さんが独自に編み出したんですか?」

「いや、佐藤部長から教えてもらった」

「なんだ、最初からそう言ってくださいよ! それなら信頼できます!!」

「お前、いい加減にしろよな!!!」


ひとりごと

臍下丹田。

漢方医学では、ここに意識を集中させると健康になり、パワーも湧いてくるとしています。

東洋の医学で解明できていないことも多い現代です。

もう一度、漢方医学の力を信じてみるのも一計かも知れません。


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第2845日 「利他」 と 「共存」 についての一考察

今日のことば

【原文】
震は乾陽の初起たり。即ち気質なり。其の発して離虚に感ずれば、則ち雷霆(らいてい)と為り、坎実(かんじつ)に触るれば、則ち地震と為り、人に於いては志気と為る。動天驚地の事実も、亦此の震気の外ならず。〔『言志晩録』第78条〕

【意訳】
によると、震の卦は乾陽の初めて発動する気のもとである。この気が発動して離の虚に感ずれば雷霆となる。坎の実(地中の深い穴)に感ずれば地震となる。人間に於ては「やる気」になる。世間を驚かすような大事業を成し遂げるのは、この震気の発動に他ならない

【所感】
大きな成功を修めるには、自分ひとりだけの力では不可能である。宇宙の摂理に逆らわず、これに則った思考と行動を実践すれば、大きな成功を成し遂げることができる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、YouTube動画で『孔田丘一の儒学講座』を視聴しているようです。

「諸君らは、宇宙に流れている誰にもコントロールできない法則があることをご存知かな」

「この宇宙の法則のことを、摂理と言ったり、大自然と読んだり、神と呼ぶ者があるが、要は同じものを指していると考えてよいじゃろう」

「たとえば地震や災害じゃよ。人類の化学がどれだけ発達しても、いまだに予知することも防ぐこともできておらん」

「そろそろ人類もそのことに気づかなければ、あまり先は長くないかもしれませんぞ!」

「さて、果たして我々は、この宇宙の法則を読み取ることができるだろうか?」

「残念ながらそれは無理じゃろうな」

「しかし! 間違いなく言えることは、悪より善、利己より利他を意識するなら、この法則から大きく外れることはないじゃろう」

「各国が自国の利ばかりを追うことになるから、戦争が後を絶たない」

「犯罪も同じ心理がベースになっているだけですな」

「しかし、これには大いなる覚悟が必要なんじゃ。つまり、自分が利他の精神で善を施したところで、相手がすぐに同じような行動とるとは限りませんからな」

「それでも続ける覚悟、自分だけは利他を貫くという覚悟が必要なんですな」

「そうすれば、少しずつ周囲が変わり始めます。道は果てしなく長い。それでもやれるか否か?」

「諸君が成功者と呼ばれたいなら、それが唯一の確実な途なのです!」

「しかし、成功者というのは、金持ちになるということでも、長生きできるということでもありませんぞ」

「2019年に亡くなった中村哲さんを知っておるじゃろ?」

「あの人は金持ちにもなれず、長く生きることもできなかった」

「しかし、あの人ほど利他の心で生きた日本人を私は知らない。仮に日本人があの人のことを忘れても、アフガニスタンの人々は決して忘れることはないじゃろう」

「宇宙の法則に則って生きるとはそういうことじゃ。これほど見返りの少ない生き方はないかも知れん」

「しかし、我々が地球上に生まれ落ちた意味はそこにある。よく考えてみるんですな」

動画が終わりました。

「今日は珍しく最後まで真面目な話だったな。それだけに心に刺さった。利他と善か、簡単なことじゃないんだなぁ」


ひとりごと

いまだに天変地異を予測することも、したがって防ぐこともできません。

これこそ人智の限界を示しているのかも知れません。

人類が長く生き延びるには、まず人間同士が利他の心で互いを思いやること。

さらにそれに止まらず、すべての地球上の生物との共存を図ることなのではないでしょうか?

そしてそれこそが真の成功のようにも思えます。


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プロフィール

れみれみ