一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

江戸末期、維新を成し遂げた志士たちの心の支えとなったのが佐藤一斎先生の教えであったことは国史における厳然たる事実です。
なかでも代表作の『言志四録』は、西郷隆盛翁らに多大な影響を与えた箴言集です。

勿論現代の私たちが読んでも全く色褪せることなく、心に響いてきます。

このブログは、『言志四録』こそ日本人必読の書と信じる小生が、素人の手習いとして全1133章を一日一章ずつ拙い所感と共に掲載するというブログです。

現代の若い人たちの中にも立派な人はたくさんいます。
正にこれから日本を背負って立つ若い人たちが、これらの言葉に触れ、高い志を抱いて日々を過ごしていくならば、きっと未来の日本も明るいでしょう。

限られた範囲内でも良い。
そうした若者にこのブログを読んでもらえたら。

そんな思いで日々徒然に書き込んでいきます。

第1969日 「飲食」 と 「質量」 についての一考察

今日の神坂課長は、大累課長とランチに出掛けたようです。

「ここは相変わらず大人気ですね。11:50に入ってこれだけ席が埋まってるとは」
「ここのつけ麺は最高だからな」

二人とも魚介出汁つけ麺を注文したようです。

「麺の量はどうされますか?」
店員さんが食券を受け取りながら、聞いています。

「俺は大盛で」

「俺は特盛!」

「お前、まじか? 特盛って麺の量が700gだぞ」

「余裕です。だいたい、神坂さんが頼んだ大盛だって500gですからね!」

「ま、まあそうだな。でも、一斎先生は食事を質素にすることが、自分の欲望を抑える第一歩だと言ってるんだよな」

「つけ麺なんて、質素なもんじゃないですか。質と量は別じゃないですか?」

「お前、サンドイッチマンの伊達みたいなこと言ってるな。『ドーナツは真ん中に穴が開いてるから、カロリーゼロ』ってのと同じ類の屁理屈だ」

「だって、質素っていうのは、要するに豪勢な食事をするってことでしょう。俺たちは所詮つけ麺ですよ」

「声がデカいよ。お前、一所懸命に料理している人の前で、デカい声で『所詮つけ麺』はないだろう」

「あ、たしかに」

「衣食住の中で、一番我慢がきかないのが食事なのは間違いないよな?」

「単価は一番安いですからね。つい欲望に負けやすいのは、やっぱり食事でしょうね。というか、酒じゃないですか?」

「ピンポーン! 大正解です。問題はそれだが、お前の論理から言えば、酒を飲み過ぎるのは、量が多いだけで華美ではないから、OKってことになるな」

「そんなこと言ってませんけど。神坂さんの場合は、酒を飲んだ後に暴れるのが問題なんじゃないですか?」

「いつの話だよ。最近は暴れてないだろ!」

そこにつけ麺が運ばれてきたようです。

「はい、お待ちかねの『所詮つけ麺』です!!」

「お兄ちゃん、ごめ~ん、許して~!!」


ひとりごと

昨日に続き、飲食を慎むことに関する章句です。

物語では二人が勝手な論理を展開していますが、実際にはやはり量をコントロールすることも大切ですよね。

コロナ自粛のお陰で、世の多くの人たちは体重が増加しているようです。

メタボは成人病に直結します。

欲望をコントロールする鍛錬としてだけでなく、健康に暮らすための基本として、量を抑えることも意識しないといけませんね!(といいつつ、昨日はつけ麺やさんで大盛を注文してしまいました・・・)


【原文】
衣・食・住は並(ならび)に欠く可からず。而して人欲も亦此に在り。又其の甚だしき者は食なり。故に飲食を菲(うす)くするは尤も先務なり。〔『言志耋録』第43条〕

【意訳】
衣・食・住という三つの要素はどれも欠くことはできないものである。人間の欲望もここに存在している。そのうち最も甚だしいものが食への欲望である。だからこそ、飲食を質素にすることが最も先決なのだ

【一日一斎物語的解釈】
衣・食・住は、人間の根本的な欲望であるが、なかでも食への欲は最も強いものがある。よって、質素な食事を心がけることが先決なのだ。


本丸つけ麺

第1968日 「人欲」 と 「飲食」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒に「季節の料理 ちさと」に来たようです。

「ちさとママ、心配だね。また、東京ではCOVID-19の患者が100人を超えたって」

「神坂君、そうなのよ。また自粛要請が出たら、本当にお店を続けられないかも知れない」

「それは困るよ。このお店がなくなったら、俺はどこで酒を飲めばいいんだ?」

「大袈裟ね」

「でも、実際に困るよね。私もここにこれなかった一ヶ月は何か生活のリズムが取りづらかったからねぇ」

「あら、佐藤さん。ありがとうございます」

「ちさとロスってやつですか?」

「うん、きっとそうだ」

「あれ? ママ、なんでそんなに顔が真っ赤なの?」

「ば、バカね。暑いからでしょ。今日は日中は30度を超えたんだもん」

「ふーん」

「ちょっと、お料理をつくってきますね」

「ママ、可愛いですね。完全に照れてましたよね?」

「ははは、そうかな?」

「ところで、ママがいると聞きにくいことなのですが、我々がこうしてお店で飲み食いするのは、質素な生活とは言えないのでしょうか? 『言志四録に、『人間の欲望の中でもっとも大きなものは飲食への欲だ』と書いていますよね」

「毎日ではないし、ここで美味しい食事をして、仲間やママと会話するのは、決して華美な生活だとは思わないけどね。ここは、料理の値段も安く提供してくれているしね」

「そうですよね。下手な居酒屋より安く済みますしね」

「一斎先生が言いたいのは、飲み代で生活費を圧迫するようなことではいけない、と言っているんだよ」

「お小遣いの範囲内ならOKってことですね」

「そう、思うことにしない?」

「そうします!」

「ただし、私欲を抑えるためには、飲食を慎むということは、とてもよい鍛錬になるとは思うよ」

「たしかにそうですね。なかなか休肝日がつくれないのが今の課題です」

「でしょう?」

「お待たせしました! 今日は珍しいものが入ったわよ。富山湾のシラエビ。まずはお刺身でどうぞ」

「おー、うっすらピンク色できれいだね。まるで頬を染めたさっきのママみたいだ!」

「神坂、しつこい!! このあと、シラエビのかき揚げも出してあげようと思ったけど、佐藤さんだけにお出しするわね」

「なんでよー。俺も客だぞ!!」

「ごめんなさい、品切れなもので」

「ママ、ごめんなさい。かき揚げはこの世の食べ物で一番好きなの。食べさせて~」


ひとりごと

実は小生はお酒を飲まないので、飲食の飲の方でお金を使いすぎることはないのですが、食に関しては、ついつい食べ過ぎる傾向があります。

COVID-19の自粛のお陰で、多分体重は5kgくらいは太ったのではないでしょうか? (怖くて計っていませんが)

欲望をコントロールするには、身近で手っ取り早い飲食で鍛錬を積むのが良いようです。

しかし、実はそれが一番難しいのかも知れません!


【原文】
人欲の中、飲食を以て尤も甚だしと為す。余、賤役庶徒(せんえきしょと)を観るに、隘巷(あいこう)に居り、襤褸(らんる)を衣る。唯だ飲食に於いては則ち都て過分たり。得る所の銭賃は之を飲食に付し、毎(つね)に輒(すなわ)ち衣を典して以て酒食に代うるに至る。況や貴介の人は、飲食尤も豊鮮(ほうせん)たり。故に聖人は簞食瓢飲(たんしひょういん)を以て顔子を称し、飲食を菲(うす)くするを以て大禹を称せり。其の易事に非ざること推す可きなり。〔『言志耋録』第42条〕

【意訳】
人間の欲望の中で飲食への欲が最も甚だしい。卑賤な労役をしている人々を観察してみると、狭い路地に住み、身にはボロを着ていても飲食だけは分に過ぎたものを食べている。そして稼いだ日銭を飲食に使ってしまい、いつも自分の衣類を質屋に入れて酒とか肴の代金に充当している。ましてや高貴な人々の飲食はさらに豊富で新鮮なものばかりである。それゆえに、孔子は、粗食であっても道を楽しんだ弟子の顔回を称揚し、また自分の飲食を切り詰めて祖先の霊に供物を捧げた夏の禹王を賞賛したのである。ここからも飲食に対する欲望を抑制する事は容易でないことが理解できよう

【一日一斎物語的解釈】
食事を質素にすることは、自分の私欲を抑える上において、最も身近で最も難度の高いことである。


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第1967日 「欲望」 と 「入浴」 についての一考察

営業2課の善久君が商談を終えて帰ってきました。

「おお、善久。どうだった?」

「はい、ばっちり注文を頂きました!」

「そうか、ありがとう! ところで、どっちだった?」

「下位機種で決まりました」

「そうか、残念だったな。あれ? でもお前、全然残念そうじゃないな」

「はい。どちらになっても全力を尽くすと決めていましたから」

「そうだったな」

「それに、下位機種の話をして、金額差を考えるとそちらの方がおススメだと伝えたら、院長先生がすごく喜んでくれて、『その若さで、君のように正直で誠実な営業マンに初めて会った』と言われました」

「それは嬉しい言葉だな」

「はい。『きっと素晴らしい上司や先輩に恵まれているんだろうね』と言われました」

「で、なんと答えたんだよ?」

「『はい、尊敬できる上司がいます』と」

「ちゃんと言ってくれたのね? なんて可愛い部下なんだ!」

そばに居た他の営業2課のメンバーから失笑が漏れています。

「昨日、課長に自分で決めろと言われたのが、今はとてもありがたかったと思っています。もし、課長の指示で下位機種を推薦していたら、こんなに爽快な気分にはなれなかったと思います」

「うん、そうだよな。やっぱり人から指示されて動くより、自分で決めて動く方が結果はどうあれ、心は清々しいよな」

「はい、まるでお風呂上がりの爽快感のようです!」

「おお、そういえば一斎先生の言葉にそんなのがあったぞ。欲望の中にあるときは、熱湯風呂の中にいるようなもので、欲望を消し去ると風呂上りのような爽快感を味わえる。たしか、そんな内容だった」

「はい、まさにそういう気分です」

「お前のうれしそうな顔を見ていたら、俺まで風呂上りのような爽快感に満たされてきた。そして!」

「・・・」

「風呂上りと言えば、生ビールと相場は決まっている。これからお祝いに一杯やらないか?」

「ありがとうございます!」

「ちょっと待った!!」

「なんだよ、石崎。まるで『ねるとん』のワンシーンみたいだな。(笑)」

「私も昨日、エコー装置の商談を決めたんですけど・・・」

「ちっ、そうだったな。よし、若造二人。一緒に来い!!」

「よろこんで!!」


ひとりごと

欲望のある状態とない状態をお風呂に譬えた一斎先生のユーモアが楽しい章句です。

たしかに、一瞬私欲が浮かんだ後に、それを抑えて行動できたときは、清々しい気分を味わえるものです。

私欲に負けて行動すると、期待通りの結果が出てもなぜか心にわだかまりが残り、私欲に克って行動を慎むと、望む結果にならなくても爽快な気分になれるものです。

人間の心は本来善なのだということがこのことからもわかる気がします。


【原文】
人欲起る時、身の熱湯に在るが如く、欲念消ゆる時、浴後の醒快(せいかい)なるが如し。〔『言志耋録』第41条〕

【意訳】
欲望が起こるときというのは、自分の身体が熱湯の中にあるようであり、欲念が消えたときというのは、入浴後のさっぱりした気分のようである

【一日一斎物語的解釈】
欲を消し去ったときの爽快感は、まるで風呂上りの爽快感のようだ。


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第1966日 「我欲」 と 「真理」 についての一考察

営業2課の善久君が神坂課長に商談の相談をしているようです。

「院長先生は、新しい内視鏡が欲しいと言っているのですが、正直に言ってオーバースペックな気がします」

「ワンランク下の機種は紹介したのか?」

「いえ、上位機種が欲しいと言うので紹介はしていません」

「年間の検査数はどれくらいなんだ?」

「たぶん、150件くらいだと思います」

「それだと、5年でもペイできないな」

「はい」

「上位機種だと1千万円、下位機種だと4百万円。金額が倍以上違うわけだな」

「私にとっては大きな商談です」

「で、お前はどっちが売りたいんだ?」

「そう聞かれると、やっぱり上位機種が売りたいです。けど・・・」

「ご施設のことを思うと、正しい商売ではないと思うんだな?」

「そうなんです。課長はどうすべきだと思いますか?」

「お前に任せるよ」

「えっ?」

善久君はじっと考え込んでいます。

「わかりました。下位機種も紹介した上で、正直に私の気持ちを伝えます」

「善久、ありがとう。お前が自分でそう判断してくれたのがうれしいよ。自分の売上という我欲に負けずに、お客様にとってベストの提案をする。それが真の営業人だからな」

「はい。課長がいつもその話はしてくれていますので、それが正しい選択肢だと理解できます」

「まあ、それでももし院長先生が上位機種が欲しいというのなら、それはそれでありがたいことだからな」

「はい。正直に話をしたうえで、そちらを選んでいただけるなら、喜んで買っていただきます」

「ちょっと期待してるだろう?」

「はい、そうだったらいいなぁとは思います。でも、下位機種を買っていただくことになっても、全力でサポートします!」

「善久、お前も成長したな」

「はじめて課長に褒められました」

「それは大袈裟だろう。今までだって褒めたはずだぞ」

「でも、褒められてこんなにうれしいのは初めてです」

「明日の結果がどうなろうと、お前のステージがひとつ上がったことは確かだ。自信をもって営業の道を突き進め!!」


ひとりごと

営業という仕事をしていて、時々直面するのが今回のストーリーのようなケースです。

このとき自分の我欲に負けて、損得を判断基準としてしまうと、お客様のことを考えない自分勝手な提案となってしまいます。

常に判断基準はお客様にとってベストもしくはベターな提案となっているかどうかです。

その判断軸を持っていれば、末永いお付き合いが可能となるのです。


【原文】
真の己を以て仮の己に克つは天理なり。身の我れを以て心の我れを害するは人欲なり。〔『言志耋録』第40条〕

【意訳】
真の自己が仮の自己に打ち克つのは天の道理である。また肉体の私が心の私を害するのは我欲があるからである

【一日一斎物語的解釈】
我欲に犯されて真の自分を見失ってはいけない。


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第1965日 「落ち着き」 と 「慌てふためき」 についての一考察

「マジかよ! なんだよ、ちゃんと点検してから発送してるんじゃないのかよ!」
電話切った営業2課の石崎君が大声を上げています。

「朝からうるせぇ小僧だな。何があったんだよ!」

「昨日、О社から届いた内視鏡の修理代替品を持ち込んだのですが、それが今朝使ってみたら、画像が出ないそうです」

「お前、施設で動作確認をしなかったのか?」

「はい。O社は備品センターでちゃんと点検してから出荷してくれるから大丈夫だと思って・・・」

「そりゃあ、お前にも責任の一端はあるぞ。ということは、当社の責任でもあるわけだ」

「課長、O社の担当を怒鳴りつけてくださいよ。まったく、どうすれば良いんだよぉー」

「お前、慌て過ぎだぞ。施設はどこだ?」

「土佐山内科です」

「マジか!? それはヤバいな。あそこの院長は超がつくクレージー親爺だからな」

「すでにブチ切れてます。もう終わりだ。出禁確定です」

「落ち着け少年! こうなったら、近隣の施設に頭を下げて借りるしかないな。機種は何だ?」

「QP270です」

「マジで? そんなマニアックなスコープを使ってるのかよ。そいつは絶望的だな。だが、何か手はあるはずだ、あきらめるなよ」

「なんで、そんなに余裕があるんですか?」

「少年、ジタバタしたら解決策が浮かぶのか? むしろ、落ち着いて、ゆったりと頭を動かした方が良い策が浮かぶはずだろう」

「あーあ、あの爺さんのところに謝りに行くの嫌だなぁ。下手すると物を投げつけてくるかもしれませんからね」

「だから、まだ諦めるのは早いっつうの! 必ず解決策は見つかるからな」

「神坂課長の根拠のない自信は凄いですね。全然、慌ててないもんなぁ」

「昔の課長は、いまの石崎君より酷かったよ。(笑)」
心配した山田さんがいつの間にか石崎君そばに立っていました。

「そうなんですか?」

「後輩が借りている代替品を無理やり回収して来いと言ったり、O社さんに電話して、耳を塞ぎたくなるような暴言を吐きまくっていたからね。(笑)」

「課長も成長しましたね。(笑)」

「石崎! てめぇのためにこっちがいろいろ考えているのに、何を笑ってやがるんだ!!」

「石崎さん、どうしたんですか?」
石崎君の隣に座っていた梅田君が耳からヘッドホンを外して、石崎君に聞いたようです。

「あ、梅ちゃん。実はさ」
石崎君がことの顛末を梅田君に話したようです。

「あー、俺、QP270の貸出品を持ってますよ」

「マジで!?」

「ちょうど、今朝返却しようと思っていたんです」

「梅ちゃん、もっと早く言ってよぉ~」

「いや始業前なんで、大音量で音楽聞いてたもんで。で、横をみたら石崎さんがなんだか慌てているみたいだったから・・・」

「ほらみろ、少年。ちゃんと解決策があっただろう」

「これ、解決策って言えますか? ただの偶然じゃないのかなぁ?」

「ばかやろう! 俺が落ち着いて行動したからこそ、代替品が見つかったんだよ。ねぇ、山田さん?」

「えっ、あ、そうですね・・・」


ひとりごと

緊急事態が発生したときに、いかに冷静な対応が取れるかが、リーダーに求められる資質のひとつかも知れません。

メンバーが慌てているときこそ、落ち着いて、冷静に、正しい判断を下すことが求められます。

そのために、日ごろからの修養が必要なのです。

決して、慌てふためき騒いだところで、解決策は浮かんできませんからね。


【原文】
気象を理会するは、便ち是れ克己の工夫なり。語黙動止(ごもくどうし)、都(すべ)て篤厚なるを要し、和平なるを要し、舒緩(じょかん)なるを要す。粗暴なること勿れ。激烈なること勿れ。急速なること勿れ。〔『言志耋録』第39条〕

【意訳】
自分の気質を把握することは、そのまま克己の工夫へとつながる。語ること黙ること、動くこと止まること、すべてにおいて人情に厚く誠実で、落ち着いて穏やかで、ゆるやかでゆったりとしていることが重要である。荒々しく、激しく、せかせかしているようではいけない

【一日一斎物語的解釈】
日々の行動において、常に誠実に、落ち着いて、ゆったりと行動することを心がけよ。荒々しく、激しく、慌ただしく動くことを厳に慎むべきである。


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れみれみ