一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

江戸末期、維新を成し遂げた志士たちの心の支えとなったのが佐藤一斎先生の教えであったことは国史における厳然たる事実です。
なかでも代表作の『言志四録』は、西郷隆盛翁らに多大な影響を与えた箴言集です。

勿論現代の私たちが読んでも全く色褪せることなく、心に響いてきます。

このブログは、『言志四録』こそ日本人必読の書と信じる小生が、素人の手習いとして全1133章を一日一章ずつ拙い所感と共に掲載するというブログです。

現代の若い人たちの中にも立派な人はたくさんいます。
正にこれから日本を背負って立つ若い人たちが、これらの言葉に触れ、高い志を抱いて日々を過ごしていくならば、きっと未来の日本も明るいでしょう。

限られた範囲内でも良い。
そうした若者にこのブログを読んでもらえたら。

そんな思いで日々徒然に書き込んでいきます。

第2535日 「真の功名」 と 「真の利害」 についての一考察

今日のことば

【原文】
真の功名は、道徳便(すなわ)ち是れなり。真の利害は、義理便ち是れなり。〔『言志後録』第24章〕

【意訳】
本当に功成り名遂げるとは、道に適ってこそ得られるものであり、本当の利益とは義理に適って得たものである。

【一日一斎物語的解釈】
ビジネスにおける真の成功とは、義を行なうことで得るものであり、真の利益とは正しいやり方で得たものを言うのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、昨日に引き続き営業2課の会議の最中のようです。

「大型の器械というのは、更新サイクルが長いから、次の商談の時は自分は担当するかどうかわかりませんよね?」

「それはそうかもしれないな。梅田、それがどうした?」

「それならお客様の課題解決も大事ですけど、やっぱり儲けたいですよ。」

「梅田、そういう自分本意の考え方では、一流の営業人にはなれないぞ」

なぜですか?」

「お前が担当変更になって、新しい施設の担当になったとしよう」

「はい」

「その時、前任者がお前と同じ考えだったとしたらどうなる?」

「あっ、そうだとしたら、めちゃめちゃアウェイな環境で営業しないといけないでしょうね」

「自分で撒いた種は必ず自分に戻ってくるものなんだ」

「だから、『義が必要なんですね?」

「うん。担当者とお客様との関係は短期的なものかも知れない。しかし、当社とお客様との関係はこれからもずっと続くんだ」

「続けなければいけないですよね」

「俺たちは、当社とお客様との歴史の1ページを作っているんだからな」

「歴史の1ページか、カッコいいですね」

「我々にとっての真の利益とは、『義をベースにして得た利益を指すんだ」

「金額の大小ではないんですね?」

「そうだよ。お客様が満足してくれているなら、いくら高い価格で販売しても貰い過ぎにはならないし、不満であるなら、大幅な値引きをしても貰いすぎなんだ」

「お客様が満足して高く買ってくれる。そういう商売を成功商談って言うのですか?」

「まさに、そうだよ。しかし成功は結果だ。成功を目指すのではなく、お客様の課題解決を正しい商売でお手伝いすることだけを考えよう!」

「はい!」

「梅田が良い質問をしてくれたお陰で、みんなにも参考になる話ができたんじゃないかな。ぜひ、義を貫く商売を心がけて、残りの期間をしっかりやってくれ!」


ひとりごと 

かつて、戦国の武将は、戦における大義がなければ戦をしなかったと言われています。

翻って現代における我々ビジネスマンも、やはり義を大切にした商売を心がけるべきなのではないでしょうか?

それこそが、日本人のDNAに脈々と流れる武士道の精神を活かすことになるはずです!!


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第2534日 「先義」 と 「後利」 についての一考察

今日のことば

原文】
君子も亦利害を説く。利害は義理に本づく。小人も亦義理を説く。義理は利害に由る。〔『言志後録』第23章〕

【意訳】
立派な人も利害を説く。ただしその利害は義(正しい道)に基づいている。小人も義について語るが、その義よりも己の利が優先される

【一日一斎物語的解釈
一流の営業人も義に基づいた利(正しい商売をした結果としての利益)については語る。しかし売れない営業マンは自分の利益のために義を語る。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の会議を主催しているようです。

「たしかにCOVID-19の影響で医療機器の購買意欲が停滞している。だけど、こういうときこそ、先義後利だぞ」

「『先義後利ってどういうことですか?」

「梅田、それは前にも説明したはずだぞ!」

「もう一回お願いします」

「ちっ、しょうがないな。自分たちが儲けようと思うな、ということだ」

「あー、自分たちの利益より、お客様の利益を優先しろ、という意味ですね?」

「うーん、70点だな」

「合格ですか?」

「俺の合格は80点から」

「じゃあ、失格じゃないですか!」

「お客様の利益に貢献するのは、大事なことだ。しかし、そこで道を踏み外しては駄目だ」

「賄賂とかですか?」

「そうだよ。誰に見られても恥ずかしくない商売をした上で、お客様が儲けて頂くなら何の問題もない」

「それが『義』なんですか?」

「そう、正しい商売、正しい売り方。それが『義』だ」

「正しい商売をしたときは、私たちも儲けていいんですよね?」

「それはそうさ。あくまでもお客様のお役に立った結果として我々も儲けることができるなら、それが理想だし、一流の営業人だ」

「ということは、自分たちの利益を優先するのは三流の営業マンということですね?」

「そのとおり!」

「三流にはなりたくないです! しっかり義のある商売をします!!」

「もうこれで、『先義後利』を忘れることはないな!!」


ひとりごと 

お客様と長期的な関係を構築したいなら、短期的な利益を目指さないことです。

信用ではなく、信頼を得るには、むしろ最初に少し損をする必要があるのかも知れません。

信用には担保がありますが、信頼は無担保です。

無担保でお金を支払ってくれる関係づくりが、そんなに簡単なはずはないですよね?


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第2533日 「真敬」 と 「贋敬」 についての一考察

今日のことば

原文】
心に中和を存すれば、則ち体自ら案舒(あんじょ)して即ち敬なり。故に心広く体胖(ゆた)かなるは敬なり。徽柔懿恭(きじゅういきょう)なるは敬なり。申申夭夭(しんしんようよう)たるは敬なり。彼の敬を視ること、桎梏(しっこく)徽纆(きぼく)の若く然る者は、是れ贋敬にして真敬に非ず。〔『言志後録』第22章〕

【意訳】
心が常に中和の状態であれば、体はゆったりとして安らかである。これがすなわち敬(つつしみ)である。『大学』伝の六章にある「心は広くして体は胖かなり」というのも敬である。『書経』(無逸)にある文王の人となりが「よく従順で、大変つつましやか」といったのも敬である。『論語』述而第七篇において孔子の態度を「のびのびとされ、にこやかな顔をされていた」というのも敬である。敬とは手かせ足かせのようなもの、あるいは縄で縛られたようなものと見る者は、ニセモノの敬であって、ホンモノの敬ではない

【一日一斎物語的解釈
ホンモノのつつしみとは、無理やり我慢したり、嫌々やるものではない。心を安らかにのびのびとした状態にして、自然に笑顔がこぼれるような心境で行なうのが、ホンモノのつつしみである。こうしたホンモノのつつしみを持って接すれば、人の心を動かすことは容易なことである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生を訪ねているようです。

「おい、山中! 次はまともな物を提案してこいよ!!」

「は、はい! 承知しました!」

入れ替わりに、B社の営業マン・山中さんが部屋を出て行ったようです。

「山中さん、かなりビビってましたね!」

「あいつはいつも俺の前だとあんな感じだよ」

「でも、山中さんのような人を慎み深い人と言うのではないですか?」

「お前は相変わらず人を見る眼がないな。あいつの慎みなんぞは贋物だよ」

「慎みに本物とか贋物があるんですか?」

「ある! 山中のように、ビクビクしててペコペコするだけの奴は慎み深くなんかない。奴は俺のことが苦手なんだ。あれは贋物の慎み、言葉を変えれば卑屈なだけだ!」

「厳しいなぁ。私たちディーラーやメーカーの営業マンからしたら、やっぱり多田先生は怖いですよ」

「営業マンが営業マンとしての仕事を果たしていれば、俺は文句は言わない。お前らのレベルが低すぎるんだよ!!」

「たしかに、先生のご指摘は御尤もなので、私はいつもありがたく感じていますけど、だいたいの営業マンは怖がっていますよ」

「お前のような奴の方がよっぽど慎み深い営業マンだと言えるだろうな」

「じゃあ、私は本物ですか?」

「まぁ、本物とまではいかないな。癌になる前の腺腫のようなもんだな」

「多田先生、それ例えばおかしくないですか? まぁ、先生に褒めてもらえるなんて思っていないのでいいですけど。でも、本物の慎みというのを教えてください」

「常にゆったりとして、無理する所がなにもない心の状態、それが本物の敬、慎みだよ」

「長谷川先生のようなイメージですね」

「今の親爺だな。あの爺さんの昔を知らないから、そういうことが言えるんだ」

「そんなに怖かったんですか?」

「そりゃ、そうだ。この俺が、若い頃はあの人の前ではひと言もしゃべれなかったんだからな!」

「それは本物だ!!」


ひとりごと 

慎み深さと卑屈さは、紙一重ということでしょうか?

本当の慎みとは、心が開放されて、ゆったりとしている時にこそ発揮できるようです。

相手を畏れすぎたり、バカにした心の状態では、決して本物の慎みは生まれないということのようです。


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第2532日 「養」 と 「礼」 についての一考察

今日のことば

原文】
礼儀を以て心を養うは、即ち体躯を養うの良剤なり。心、養を得れば、則ち身自(おのずか)ら健なり。旨甘(しかん)を以て口腹を養うは、即ち心を養うの毒薬なり。心、養を失えば、則ち身も亦病む。〔『言志後録』第21章〕

【意訳】
礼儀を重んじて心を修養することは、結局は自らの体躯を養う良薬となるのだ。心を修養すれば、体は自然と健康体となる。おいしいものや甘いものばかりでお腹を満たすことは、心にとっては毒薬と同じである。心の修養を怠れば、体は病に侵されてしまうだろう

【一日一斎物語的解釈
仕事は身体が資本である。自分の身体を養うためには、心の修養に努めなければならない。心に栄養が不足すれば、身体にも不調をきたすことになるのだ。心の修養は、まず礼儀を正すことから始めるべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業1課の新美課長とランチに出掛けたようです。

「新美、お前なんか疲れてない?」

「やっぱりそう見えます? 最近、ウチの赤ん坊の夜泣きが酷くて」

「そういうことか。懐かしいな。俺もむかし、あんまりガキが泣くからイライラして、めちゃくちゃ揺さぶってたら、カミさんにブチ切れられたことがあったな」

「後輩だけかと思ったら、お子さんにも乱暴なんですね」

「やかましいわ! お前はひと言余計なんだよ!!」

「昔から、『健全なる精神は健全なる身体に宿る』と言うじゃないですか。でも、肉体よりも心が先のような気がするんですよね」

「特に今の時代のように、生きていると精神をすり減らしてしまうような世の中だと、特にそう思うよな」

「はい」

「心が元気なら身体も動くよな。落ち込むと食欲も無くなるしさ」

「え、神坂さんでもですか?」

「いや、俺はどんなに悩んでいても、飯と酒は入る!」

「でしょうね!」

「大人物っていうのは、そういうもんだ!!」

「はいはい。ところで、その酒ってやつは、飲み方次第で良薬にも毒薬にもなりますよね」

「たしかに。特にやけ酒なんかした日には、マイナス思考になったり、他人を怨んだりでロクなことはないな」

「その結果、心が病むと身体も病んでしまうんでしょうね」

「そうだな。つまりは、心を養って、つねに心が健全であれば、肉体が病むこともないわけか!」

「そういうことなんでしょうね」

「さて問題です。新美君、心を養う上で一番重要なことはなんだと思う?」

「なんだろうなぁ、読書ですか?」

「読書は勿論だけど、意外と見落としがちなのが、礼儀だよ。礼を尽くすと言ってもいいかな」

「なるほど、気持ちよい挨拶とか、深々とするお辞儀というのは、心を正してくれる気がしますね!」

「うん、それで俺も最近はちゃんと『おはようございます!』と挨拶するようにしているんだ」

「以前は、『うぃーっす』みたいな感じでしたよね?」

「そう。そういうのは心を汚し、身体を蝕む元凶だと気づいたんだ」

「なるほど」

「ごちそうさまでした! では、新美君、帰りましょうか?」

「すみません。ちょっと気持ち悪いです」


ひとりごと 

一斎先生は、現代社会を予測していたのでしょうか?

心、養を失えば、則ち身も亦病む、と喝破されています。

さらに心を養うために必要なのは礼だと断じています。

礼が心を正し、その結果身体も健やかになる。

たしかにそうなのかも知れませんね。


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第2531日 「宇宙」 と 「心」 についての一考察

今日のことば

原文】
宇は是れ対待の易にして、宙は是れ流行の易なり。宇宙は我が心に外ならず。〔『言志後録』第20章〕

【意訳】
宇とは処(ところ)によって変化して各々その宜しきを得ることをさし、宙とは時によって変化して各々その宜しきを得ることを指す。結局宇宙はわが心の中にあるのだ

【一日一斎物語的解釈
宇とは無限の空間を指し、宙とは無限の時間を指す。空間における出来事も、時間の流れの中で起きる出来事も、すべてはそれを捉える自己があってこそ認識されるのであるから、宇宙はそのまま自分の心の内にあるといえる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長と同行しているようです。

「宇宙って、いまも大きくなり続けているらしいですね?」

「うん、宇宙は科学者の予測をはるかに上回るスピードで膨張していて、その理由すら説明できないらしいよ」

「私にはどういうことかさっぱりわかりません」

「私も科学の分野は詳しくないよ」

「だいたい、宇宙は膨張していると言いますけど、宇宙には外側はないんですよね?」

「ははは、そうだね。宇宙という無限の空間そのものが膨張しているからね」

「そこが理解できないんですよね。風船が膨らむときには、膨らむだけの空間があるから膨らむので、もし空間がなければ風船はその空間以上には膨らむことはできないはずですよね。うーん、わからない!」

「われわれにはいくら考えても分からない世界かもね!」

「これを考え出すと、モヤモヤして、なんとも言えない気分になります!」

「ははは。そうだ、でもその宇宙について、一斎先生はこう言っているね」

「教えてください」

「宇宙は我が心に外ならず」

「え、どういうことですか?」

宇とは無限の空間を指し、宙とは無限の時間を指す。しかし、それほど無限で広大な宇宙にも負けないのが人間の心だ、という意味だと理解しているんだけどね」

「たしかに、人間の心というのも不思議です。こうやって、いろいろな感情が湧き出て来るのに、死んでしまえば跡形もなく消えてしまいます」

「脳や心臓という臓器は残っても、気持ちや思考はすべてなくなってしまうものね。不思議だよね」

「あー、それを考えると、益々モヤモヤします!!」

「あんまりモヤモヤして、ハンドル操作を誤られても困るから、この話題はこれくらいにしようか?」

「そうしてください。運転に集中できません!」

「それは大変だ。しっかり運転に集中してよね!」


ひとりごと 

この章句の一斎先生の意図するところは、小生には不承知です。

しかし、宇宙の謎と同じくらい、人間の心も謎が多いのではないでしょうか?

朱子は宇宙の理は、人間に性となって宿されているとしています。

この性即理の概念もまた難解です。

学び続けていきます!


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