一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

江戸末期、維新を成し遂げた志士たちの心の支えとなったのが佐藤一斎先生の教えであったことは国史における厳然たる事実です。
なかでも代表作の『言志四録』は、西郷隆盛翁らに多大な影響を与えた箴言集です。

勿論現代の私たちが読んでも全く色褪せることなく、心に響いてきます。

このブログは、『言志四録』こそ日本人必読の書と信じる小生が、素人の手習いとして全1133章を一日一章ずつ拙い所感と共に掲載するというブログです。

現代の若い人たちの中にも立派な人はたくさんいます。
正にこれから日本を背負って立つ若い人たちが、これらの言葉に触れ、高い志を抱いて日々を過ごしていくならば、きっと未来の日本も明るいでしょう。

限られた範囲内でも良い。
そうした若者にこのブログを読んでもらえたら。

そんな思いで日々徒然に書き込んでいきます。

第1094日 「謙」 と 「譲」 についての一考察

【原文】
老人は尤も遜譲を要す。〔『言志耋録』第302条〕


【訳文】
老人は特に人に対して自らへりくだって譲り与える気持を抱くようにしなければいけない。


【所感】
年をとったら、特に人に謙(へりくだ)ることと譲ることを意識する必要がある、と一斎先生は言います。


今日は、営業2課の山田さんに新人営業マンの善久君が同行しているようです。


「山田さん、どうして他の階も空車なのに、屋上階に車を停めるんですか?」


「善久君、病院という所は誰のためにある施設だと思う?」


「患者さんですか?」


「そのとおり。患者様はどこか身体の具合が悪いから病院に来ているはずだよね」


「はい」


「だったら健康で、しかも病院さんにとって一番のお客様ではない我々が、正面玄関の近くに車を停めるのはよろしくないよね?」


「なるほど。私もこれからは山田さんを見習って、車の駐車位置を考えます」


「ありがとう。実は私も、佐藤部長が実践していたことを真似させてもらっているんだよ」


「あー、佐藤部長がされていることなんですか」


「遅れるといけないから、車を降りて歩きながら話そうか」


「はい」


二人は車を降りて、T記念病院の正面玄関から院内に入ったようです。


「病院の廊下を歩く時も真中を歩かずに、左側通行で歩くといいよ」


「これも患者さん優先ですね。そうか、誰が見ているかわかりませんからね」


「うん。でもね、誰かが見ているかも知れないから礼儀正しくするというのは、本当の礼ではないと思うんだ


「えっ?」


誰も見ていなくても、いつも同じ行動ができるかどうかが大切なんじゃないかな


「・・・」


「あっ、市川先生、先日はありがとうございました」


「やあ、山田さん。今日は弟子を連れての営業活動?」


「今年入社した期待の新人です」


「善久敬(たかし)と言います。よろしくお願いします」


「珍しい名前だねぇ。山田さんのような一流の営業マンになるんだよ!」


「はい、頑張ります!」


「素直でいいね。では、失礼」


「市川先生、後ほど内視鏡室に伺います」


「承知しました」


「山田さんは、廊下でドクターやナースとすれ違うときは、必ず立ち止まって挨拶をされるんですね」


「気づいた? お客様への敬意と感謝を私なりに行動に移しているだけなんだけどね」


その翌日、会社帰りに神坂課長と善久君は書店に立ち寄ったようです。


「しかし、山田さんはまるで仙人だなぁ」


『慎独』って言うんだそうです」


「しんどく?」


「誰もみていない独りのときにも、慎みのある行動をすることだそうです」


「なるほどな。そういえば佐藤部長が言ってたな。『常に人に謙(へりくだ)り、見えない誰かに譲ることができる人であるべきだ』とね」


「見えない誰かに譲る・・・」


「よしこの本を買おうかな。エイッ、さあ、レジに行くよ」


「課長、なんで目をつむって本をとったんですか?」


「部長がさ、書店で本を買う時は、一番上にある手垢のついた、角の折れた本を買うって言ってたんだよ」


「それも見えない誰かに譲ることですね」


「そうなんだ。次にこの本を買う人は、きれいで角の折れてない本を手にすることができるってわけ」


「なんか気持ちいいですね」


「そうなんだけどさ、買う前に汚れてたり折れてたりするのを目にしちゃうと、買うのが嫌になっちゃうからさ。目をつむって一気にレジへ急いだわけ!」


「ははは、課長も修行の身なんですね!」


ひとりごと

小生が師事する永業塾塾長の中村信仁氏は、「少しだけ損をする生き方」を推奨されています。

たとえば、スーパーで牛乳を買うときは、日付の古いものを買うのです。

どうせ数日で飲み終えてしまうのですから、1~2日くらい古くても問題はないですよね。

この物語りの中にある事例などもそうですが、少しだけ損をすることで、「見えない誰かに譲る」ことができます。

小生のような凡人は、大きく損をすることには抵抗があるのですが、少しくらい損をするだけなら受け容れることができます。

そして、この「少しだけ損をする生き方」の最大のメリットは、損をしたはずの自分自身が、なんともいえない爽快感を味わうことができる点にあります。

ぜひ、実施してみてください。



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第1093日 「厳格」 と 「寛容」 についての一考察

【原文】
老人の事を処するは、酷に失せずして慈に失し、寛に失せずして急に失す。警む可し。〔『言志耋録』第301条〕


【訳文】
老人が物事を処理する場合には、厳し過ぎることはないが、あまりに慈悲をかけ過ぎる。また、寛大になり過ぎることはないが、あまりに焦り過ぎる。自ら戒めなければいけない。


【所感】
年をとった人が物事を処理する際には、厳格すぎて失敗することはないが、慈悲をかけすぎて失敗する。また、ゆっくりし過ぎて失敗することはないが、急ぎすぎて失敗をする。自らの戒めとしたい、と一斎先生は言います。


今日の神坂課長は、N大学医学部消化器内科の中村教授とアポイントがあるようです。


「中村教授、そういうことで、長谷川名誉院長からの承諾はいただきました」


「そうか、ご苦労様」


「中村教授からのご依頼であればお断りはできない、と仰っていました」


「ははは、そんなことを。昔の長谷川先生ならそんなこと絶対に言わなかったなぁ」


「えっ、そうなんですか?」


「まあ、君達にはいつでも優しいから知らなくて当然だけど、我々医師に対してはとても厳格だったな。今ならパワハラに該当するんじゃないか」


「あの長谷川先生がパワハラ・・・」


「大腸内視鏡検査なんか、5分以内に盲腸に到達しなかったら、烈火のごとく叱られたからね」


「5分は厳しいですね」


「だけど、今の時代はあんなやり方をしたら大変なことになるよね。つい最近もある県外の病院でパワハラ問題があって、若い医師3人が一気に退職願を出したという騒動があったらしいよ」


「一気に3人も」


「ウチの医師達も厳しい指導にはついて来れない連中ばかりだなぁ。先輩医師がちょっと厳しく叱責すると、病院に来なくなっちゃうからねぇ」


「出社拒否ですか! あれ? 病院の場合、出社とは言わないか」


「ははは。困ったもんだよ。しかし、かといって優しくし過ぎれば調子に乗るしね」


「まさに、石崎だなぁ」


「えっ?」


「あ、いや、ウチにもそれに該当する社員さんがいるなと思いまして」


「たしかに、どこにでもいるんだろうね」


「厳しさと優しさのバランスは難しいですね。実はそれが私の最大の課題でもあるんです」


「おお、神坂君も悩んでいるのか?」


「どうやら、会社の若手社員さんからは怖がられているようです」


「ははは。それが分っているなら、あとは改善するだけじゃないか」


「はい、そうですね」


「私は、どちらかというと元々厳しく叱れないタイプなんだけどね。最近、年をとったせいか益々厳しく接することが難しくなってきてね。ちょっと若い子になめられてるかも知れないな」


「そ、そんなことはないと思いますよ」


「優しく接し過ぎて失敗しないように気をつけているんだけど、ただ一点だけは厳しく指導していることがあるんだ」


「教えていただけますか?」


「ペイシェント・ファーストだよ」


「患者様第一主義?」


「そのとおり。この前も、ウチの医師が極めて珍しい症例に当たってね。『これは学会で発表できる』と大喜びしていたので、思わず『患者さんやご家族の気持ちを考えろ!』って怒鳴ってしまったよ」


その後、神坂課長はオフィスに戻って、佐藤部長に報告をしているようです。


「さすがは中村先生だね。長谷川先生の医療に懸ける想いを見事に受け継いでいるんだなぁ」


「そうですね。感動しました」


「ところで、厳しさと優しさについては、一斎先生もこんな言葉を残しているよ」


「ぜひ教えてください」


『年をとると、厳しくし過ぎて失敗することはなくなるが、優しくし過ぎて失敗することがある。また、ゆっくりし過ぎて失敗することは少ないが、急ぎすぎて失敗することがある』とね」


「なるほど。まだ私は老年にはなっていませんが、メンバーの成長を長い目で見守りつつ、厳しすぎず、甘やかし過ぎないように心掛けていきます」


「うん、そのときに中村教授のように、これだけは譲れないという筋を一本通しておくと良いんじゃないかな」


「ありがとうございます」


ひとりごと

皆さんの周囲にも、いわゆる「打たれ弱い若者」がいるのではないでしょうか?

では、彼らは優秀ではないのか?

決して、そんなことはありません。

モチベーションを上げるスイッチが変わっただけなのです。

「お前の○○が悪い!」とYOUメッセージでストレートに伝えるのではなく、「私は、あなたの○○な点が残念だ」とIメッセージで伝えることで、スイッチをオンすることができるかも知れません。

上からの目線ではなく、横からの目線で対応することが、時代のトレンドだということでしょう。



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第1092日 「信頼」 と 「安心」 についての一考察

【原文】
老人は気急にして、事速成を好み、自重する能わず。含蓄する能わず、又妄りに人言を信じて、其の虚実を察する能わず。警めざる可けんや。〔『言志耋録』第300条〕


【訳文】
老人は気忙しくて何事でも早くでき上ることが好きで、自分の行動を慎重にしていくことができず、腹の中におさめておくことができない。また、むやみやたらに人の言葉を信用して、それが嘘かまこと(真実)かを見極めることができない。老人はよく戒めなければいけない。


【所感】
年をとると気忙しくなり、物事がすぐに処理されることを好み、自重できなくなる。また胸中にしまっておくことができず、みだりに人の言葉を信じて、それが事実か否かを判断できなくなる。よく慎まなければならない、と一斎先生は言います。


神坂課長、今日は休憩室で総務課の大竹課長とコーヒーを飲みながら会話をしているようです。


「タケさん、どうしたの? 浮かない顔をして」


「いやー、神坂君、参ったよ。ウチのお袋が『振り込め詐欺に引っかかったらしいんだ」


『振り込め詐欺』?」


「以前は『オレオレ詐欺』って言ってたやつよ」


「えー、そうなんですか?」


「金額は大したことないんだけど、お袋、相当落ち込んでるらしくてさ。週末に福井まで会いに行ってくるわ」


「心配ですね」


「すっかり参っちゃって寝込んでるらしいんだ」


「お母さんはおいくつでしたっけ?」


「78歳。やっぱり年齢と共に冷静な判断ができなくなっていくのかなぁ」


「しかし、そういうお年寄りの判断力の弱さに付け入る犯罪は許せないですね」


「まったくだよ。ウチのお袋は、自慢じゃないけどなかなかの才女でね。俺の中で、どうしてもデキる女性っていうイメージが強くてさ。そんな単純な手口に引っかかるとは思ってもみなかったよ」


「お父さんに相談することもなかったんですか?」


「そうらしい。まあ、詐欺師はプロだから、上手にお袋を急かしたんだろうな。慌てて飛び出して、すぐに銀行から振り込んだらしいわ」


「なんか腹が立って仕方がないですね」


「事前に合言葉を決めておくとか、対策を練っておくべきだったな」


「あー、CMでやってますね」


「そうそう、さっきね、佐藤さんにもこの話をしたら、あそこの家は合言葉を決めているらしいよ」


「さすがは佐藤部長だなぁ」


「佐藤さんが言うには、一斎先生が、『老人は何事も結果を急いでしまう傾向が強いので、冷静な判断ができなくなるから、気をつけなさい』と言ってるんだってさ」


「一斎先生は何でもお見通しなんですね。まさか『振り込め詐欺』のことも見抜いていたなんて・・・」


「ははは、別に『振り込め詐欺』を見抜いた訳ではないだろうけどね」


「神坂くーん!」


「うわぁ、また相原会長だ!」


「おお、大竹君も一緒か。ご実家で大変なことがあったらしいね、大丈夫なの?」


「ああ、会長もご存知でしたか。まあ、金額は大したことないのですが、母がかなり落ち込んでるようでして、そっちがちょっと心配です」


「たしかに年をとると、咄嗟の判断が鈍くなるような気がするな」


「いやいや、まだ会長はお元気で、そんな感じはしないですけどね」


「そうかな、うれしいこと言ってくれるねぇ。まあ、お母さんのことはしっかりケアしてあげてね!」


「ところで、会長。私に何か御用ですか?」


「あ、すっかり忘れてた! な、こうやって何をしにきたのか、何をやってたのかをすぐ忘れちゃうんだよ。これも年のせいだな」


「それは、前からのような・・・」


「えっ? そうそう神坂君。昨日さ、例のナイター競馬の馬券を買ったんだよ」


「あ、すみません。大穴を狙ってくださいなんて言ってしまって・・・」


「なにを言ってるんだ。その大穴が見事に的中して大儲けしたよ」


「マジです・・・か?」


「今日はお礼に晩御飯をご馳走しようと思って、君を探してたんだよ」


「あ、ありがとうございます。では、喜んでお供します。(って、このオヤジ、まったく判断力が鈍ってないじゃないか!)」


ひとりごと

親から子への無償の愛につけ込む「振り込め詐欺」は、数ある犯罪の中でも許せない犯罪のひとつです。

『論語』顔淵篇の有名な言葉に、

「民信なくば立たず」

とあります。

国家において、国民の信頼を失えば政治が立ち行かないように、組織においても、メンバーの信頼を失えば経営は破綻するでしょう。

お年寄りが安心して暮らせる社会をつくることが、これからの日本の政治における最大の課題なのかも知れません。

また、組織においても、リーダーは「不信」ではなく、「信頼」をベースにした組織づくりを意識すべきでしょう。



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第1091日 「加齢」 と 「記憶」 についての一考察

【原文】
老人は数年前の事に於いて往往錯記誤認有り。今漫(みだり)に人に語らば少差を免れず。或いは障碍(しょうがい)を做(な)さん。慎まざる容(べ)からず。〔『言志耋録』第299条〕


【訳文】
老人は数年前の事を時折り記憶違いや思い違いをすることがある。今それをむやみに人に話をすると、わずかな間違いを生じて差障りを来たすことがあるかもわからない。それで、十分慎まなければいけない。


【所感】
年をとると、数年前の出来事でも記憶違いや間違いをするものである。それを無暗に人に話すと間違った印象を与えたり、ときには問題へと発展するかも知れない。慎まねばならない、と一斎先生は言います。


今日も相原会長が大好きな神坂課長の席にやってきたようです。
近くには、新人の石崎君と善久君もいて、会長の話を聞かされています。


「なあ、石崎君、善久君。神坂課長は、若い君達には厳しいかも知れないけど、とても礼儀正しい奴なんだぞ」


「はあ」


「以前、一緒に夏目医院に伺ったときにはね、夏目先生が車でお帰りになるのをお見送りしたんだが、神坂君は車が見えなくなるまでずっと頭を下げていたんだ」


「相原会長、昔の話はやめましょう」


「昔って言ったって、5~6年前のことだよな」


「まあ、そうなんですけど・・・」


「とにかく、若い二人は神坂君を見習って、礼儀だけはしっかりしなきゃだめだよ」


「はい」


「じゃあ、皆さん。しっかり頑張って! そうだ、神坂君。さっそく今晩、ナイター競馬の馬券を買ってみるよ」


「思い切り穴を狙って、儲けてくださいね!」


「一攫千金だな! じゃあね」


「まったく、あのオヤジ、毎日俺のところに来るのやめて欲しいよな」


「ははは、でも課長、先ほどの礼儀の話は感動しました。私はそこまで深くお辞儀ができていないですから」


「いや、善久。違うんだよ」


「え?」


「ははは、神坂君。別にそのまま、そういうことにしておけばいいじゃないか」


「いや、佐藤部長。でも、どこでバレるかわかりませんからね・・・」


「バレる?」
石崎君の目の奥がキラリと光りました。


「そういうところは真面目な男だよな」


「部長、『そういうところは』ってのは引っ掛かりますね」


「ごめん、ごめん。じゃあ、神坂君の代わりに真実を話そうか」


「お願いします」


「実は、先ほど相原会長が話した夏目医院の件だけど、あれは神坂君がポカをして、二人で謝罪に行ったときの出来事なんだ」


「『器械が壊れたからすぐ来い』という留守電が入ってたんだけど、携帯電話を車に置きっ放しにして仕事をしてて、気づいたのは夜の19時過ぎ!」


「そりゃ、ヤバイっすね」


「そうなんだよ。慌てて電話をしたら、もちろん先生は大激怒で『出入り禁止だ!』と言われてガチャンと電話を切られた」


「やっちゃいましたね」


「石崎、なんでそんなにうれしそうなんだ?」


「いやいや、話を聞いただけでワクワク、じゃなかったドキドキします」


「ちっ。それで、元々夏目院長と懇意だった会長にお出まし願って、なんとか穏便に済ませてもらったという訳だよ」


「そういうことだったんですか」


「だからさ、深々と頭を下げるのは当然なんだよな。だけど、会長はクレームのお詫びで夏目医院に行った事を忘れちゃってるみたいなんだよ」


「それで、神坂君を他人に紹介するのに、最近はいつもこの話をするんだよな」


「それは、恥ずかしいですね」とニコニコしながら石崎君。


「だろう?」


「一斎先生もこう言ってるよ。『年をとると、数年前の出来事でも記憶があいまいになるもので、みだりに人に話すと間違った情報を伝えたり、ときには問題を起すことになるから注意が必要だ』ってね」


「会長にその言葉を教えてあげてくださいよ。あっ、また来たぞ」


「神坂君、来週にでも、SSクリニックさんの院長にご挨拶に行きたいから、つき合ってくれないか?」


「はい、わかりました」


「院長は、大の焼酎好きだからね。とっておきの焼酎をお持ちしようと思ってね」


「それは、院長先生喜ぶでしょうね」


「あ、そうだ。今日ね、例のナイター競馬を買ってみようと思うんだ」


「そうですか! ぜひ、絶対に来ない大穴馬券をたくさん買ってくださいね!!」


「えーっ?」


ひとりごと

「人間の記憶は常に変化する」という研究成果が報告されています。(ノースウェスタン大学ファインバーグ医学校の研究成果)

過去の出来事を思い出そうとするたびに、その時の環境や気分による新しい情報と混ざり合って記憶が書き換えられていくのだそうです。

そして、どちらかといえば自分に都合の良い記憶へと書き換えられます。

一方で加齢と共に記憶力が低下するというのは、誤解のようです。

ドイツの心理学者・エビングハウスの実験によれば、60代と20代での記憶力には大差がなかったようです。

エビングハウスによれば、「忘却は覚えた直後に進む」とのことで、1時間後には56%、1日後には74%を忘れてしまうそうです。

つまり、物事を正確に記憶しておきたいと思うなら、この忘却期限までに、繰り返し記憶をすれば良いのです。

しかし、たとえ科学的データがそうだとしても、この一斎先生の言葉の方が説得力があるのは何故なのでしょうか?


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第1090日 「畏敬」 と 「育成」 についての一考察

【原文】
老人は強壮を弱視すること忽(なか)れ。幼冲(ようちゅう)を軽侮すること勿れ。或いは過慮少断にして事期を錯誤すること勿れ。書して以て自ら警む。〔『言志耋録』第298条〕


【訳文】
老人は、身体が健康で強い若者を軽んじみさげてはいけない。幼少な者を軽んじ侮ってはいけない。あるいは、考え過ぎて決断しそこなって時機を誤ることがあってはいけない。ここに書き記して自分の戒めとする。


【所感】
老人は元気な壮年の人を軽く視てはいけない。また幼少の者を侮ってもいけない。あるいは、考え過ぎて判断のタイミングを逸してはいけない。ここに書いて自戒とする、と一斎先生は言います。



「本間先生、そこで捻りを加えるんだよ!」


「は、はい」


「痛い、痛い」


「ほら、患者さんが苦しんでるじゃないか。しっかりと管腔を正面に捉えて! やみくもに押し込んだら患者さんが苦しむだけだぞ!」


山田さんが、T記念病院の内視鏡室で新しい大腸内視鏡のデモに立ち会っているようです。


「市川先生、やはり大腸内視鏡は挿入が難しいんですね」


「山田さん、たしかに簡単ではないけど、本間先生は下手過ぎるんだよね。何度教えても進歩しないんだよ」


「新しい器械では、挿入性をかなり改良しているんですが」


「本間先生では、ちょっと評価にならないかもね。次の症例は僕がスコープ(内視鏡)を握るから、しっかり評価するよ」


「おいおい、市川先生。一人前の大腸内視鏡医になるには、最低でも500例は症例をこなす必要があると言われているんだよ。本間先生は、まだ100例もやってないんじゃないか?」


「田中副院長、それはそうですが、彼はちょっと覚えが悪すぎますよ」


「でもね、市川先生がいまの本間先生と同じ年齢の頃は、そんなに上手にスコープを操作できていたのかな?」


「いや、さすがに本間先生よりはマシだと・・・」


誰でも若い頃の自分を忘れて、今の自分と若い人を比較してしまうんだよな。私は、市川先生の若い頃は知らないけど、今の本間先生とそんなに大きな差があったとは思えないけどなぁ」


「あー、痛い! 助けて!」


「あーもう!! 本間先生、そろそろ限界だな。交替しよう」


その後、山田さんはオフィスに戻ったようです。


「ということで、市川先生に3症例ほど評価をして頂きました。挿入性、画質とも申し分ないとの評価でした」


「それはよかった。来年度の予算申請に上げてもらえそうだな」


「ええ、神坂課長。間違いないと思います」


「ところで、田中副院長の発言については、身につまされるな。少し前の僕なら、100%市川先生に同意してただろうけど・・・」


「あきらかに本間先生は萎縮していましたね。日頃の力を発揮できる状況ではなかったように思います」


「見えないプレッシャーってやつか」


「市川先生は、本間先生を馬鹿にして子供扱いしているのが伝わってきて、そばにいて私もつらかったです」


「山田さん、その言葉に他意はないよね?」


「え、ええ・・・」


「市川先生は、たしかT記念病院の消化器内科部長だよね。年齢はいくつくらい?」


「48歳だったと思います」


「本間先生は研修医だということは、27~8歳くらいだね。一回り以上違うんだなぁ」


「そうでしょうね」


「ちょうど石崎と僕の年齢差と同じくらいか・・・」


「えっ?」


「いやね、さっきの田中先生の言葉を聞いてね。石崎や善久を教育する際に、僕自身もいまの自分と彼らを比較していてはいないか?って自問自答してしまったんだよね」


「ああ、そういうことですか。私は自分自身がこういう性格なので、自分の新人時代に比べると、いまの二人の方がよっぽど優秀だなと思ってしまいます」


「もう、やめてよ山田さん。どんどん僕の器が小さくなっていくじゃないの!」


「ははは、それに気づいただけでも神坂君の成長じゃないのか?」
佐藤部長が部屋から出てきたようです。


「一斎先生はね、『自分より年下や経験の浅い人を軽視したり、侮ってはいけない』と自戒しているよ」


「一斎先生でもそういう気持ちになりがちだったということですか?」


「ひじょうに優秀な学者先生だからね。そうなのかも知れないな。しかし、『考え過ぎて、決断のタイミングを逸してはいけない』とも言ってるんだ」


「なるほど。臨機応変に叱るべきときは叱り、誉めるべきときは誉めろ、ということでしょうね」


「さすがだね」


「ありがとうございます」


「年上の部下にもご配慮をお願いします」


「山田さん、やっぱりこの話をしたのに他意があったでしょう?


「とんでもないです!」


「本当かな? だけど、僕が新人のときは、石崎ほど生意気じゃなかったように思うんだよねぇ」


「ヘックション」


「どうした石崎、インフルじゃないだろうな?」


「本田さん、違いますよ。どうせカミサマがオフィスで僕の悪口を言ってるんだと思いますよ」


ひとりごと 

『論語』の有名な言葉に、

「子曰わく、後生畏るべし。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや」

という言葉があります。

この言葉は、孔子が恐らく弟子たちの前で言った言葉だと思われますが、その意味は、「若者達に対しては畏敬の念をもって接しないといけないよ。将来も彼らが今の我々に及ばないなどと誰が言い切れるだろうか」となります。

ところが、小生も、後輩や若手の社員さんに対して、当時の自分ではなく、経験を積んだ今の自分と比較して叱責してしまうことが多々あります。

若手の頃の自分を振り返ってみれば、決して今の若手社員さんが、自分より劣っているとは思えませんし、将来、小生よりもはるかに成長していくかも知れません。

つねに、若い社員さん達の将来に期待と畏れを抱いて、育成することを心掛けたいものです。



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