【原文】
性分の本然を尽くし、職分の当然を務む。此の如きのみ。

【訳文】
人間は生得的に仁・義・礼・智・信の五常を具えているから、この五つの道を極め尽くすべきである。また、人間は道徳的に守るべき職分としての親・義・別・序・信の五倫や孝悌忠信をもっているから、他者に対してそれらを当然の義務として実践すべきである。人間はこのように道徳を本務として行うべきだ。

【所感】
自分が今やるべきことを、手を抜かずにやり切ることが大切だと一斎先生は言います。


性分とは人間が本質的に内にもっている真心であり、職分とは、他人に対して尽すべき奉仕のことだそうです。(川上正光先生訳『言志四録』)


儒教の古典『大学』という書物には、

「大学の道は明徳を明かにするに在り」

とあります。これも同じ意のことを述べています。

明徳とは天与の徳であり、それを一斎先生は性分の本然・職分の当然と名付けたのでしょう。


伊與田覺先生は、

人間学とは徳性・習慣を磨くこと

時務学とは知識・技術を修得すること

と定義づけされています。


つまり人間学とは、明徳を明かにすること、明明徳であるということになります。

さて、五常の徳(仁・義・礼・智・信)、五倫(父子の親・君臣の義・夫婦の別・長幼の序・朋友の信)については、これからの長いお付き合いの中で、折にふれてひとつひとつ取り上げてみる予定です。