【原文】
学を為す。故に書を読む。


【訳文】
学問をして修養や処世に役立てようとする。そのためにあらゆる書物を読むのである。


【所感】
とてもシンプルに学問をする理由が述べられています。


なぜ学ぶのか?
それは自分自身の修養のためであり、世の中を生き抜いていくためである。
そしてそのために読書をするのである。


学問の目的が立身出世であり、読書がその手段となるようではいけない、と一斎先生は言います。


中国古典の『荀子』には、


「君子の学は通ずるが為めに非ず。窮するとも困まず憂うるとも意の衰えず、禍福終始を知りて心の惑わざるが為めなり」


とあります。


君子の学問とは、立身出世のためにするのではない。窮するときも苦しまず、幸福なときも驕らず、物事には始めがあれば終わりがあることを知って、どんなときも平静な心で対処できる人間となるために学ぶのだ、という趣旨の言葉です。


また、森信三先生は、常々”読書は心の食物である”として、


一日不読 一日不喰
(一日読まざれば、一日食わず)


という言葉を残されています。


人は平生、食を欠けば騒ぎ立てるのに、心が渇していても一向気にしないのは不思議なものだとも言われています。


窮するときに濫れるのは小人である、と孔先生は言います。


窮すれば乱れ、幸福のときには調子に乗る小生はまさに小人です。


だからこそ学ぶことで、少しでも君子に近づきたいと願っているのです。