原文】
分を知り、然る後に足るを知る。


【訳文】
自分の身のほどを知って、初めて現状に満足することを知る。


【所感】
自分の分際をはっきりと認識する。
それによって自分がいかに恵まれているかを知ることができる、
と一斎先生は言います。


人にはそれぞれ分際・分限といえるものがあるのは事実です。


社長になれる人、部長になれる人、係長で終わる人がいるのが現実です。


あるいは、何万人ものファンを持つシンガーもいれば、
数千人のファンに愛されるシンガーもいます。


この分というものは、動かしがたいものです。


しかし、分の大小は人間の偉さとは無関係です。


分を受け容れることができれば、自分自身がいかに有り難いご縁によって、
生かされているかを知ることができます。


いま手にしているものを手放してまで、手に入れたいものがあるか?


家族、友人、同僚という大切なご縁を手放してまで、地位や名誉が欲しいのか?


そう自分に問いかけてみると、いま手にしているものの有り難さを
実感できるはずです。


若い時に、分を知れというのは酷かも知れません。


しかし人間も四十になる頃には、分を受け容れ、現状に満足することが
必要だということでしょう。


小生も五十を前にして、ようやくそのことに気づき、充実した日々を
過ごせるようになりました。