原文】
民は水火に非ざれば生活せず。而も水火又能く物を焚溺(ふんでき)す。飲食男女は人の生息する所以なり。而も飲食男女又能く人を牀害(しょうがい)す。


【訳文】
孟子は、「人民は水と火が無ければ生活することができない」といったが、水は人を溺れさせ、火は物を焼き尽くしてしまう。飲食や男女の交際は人間が生活していくのに必要なわけであるが、この飲食と男女の交わりは人を害する危険性がある。


【所感】
『孟子』には、「人民は水と火がなければ生活はできない」とあるが、一方で水は人を溺れさせ、火は物を焼いてしまう。飲食は男女の交わりは人が生きるために必要なものだが、一方で人を害するものでもある、と一斎先生は言います。


『孟子』尽心章句上の全文は以下のとおりです。


孟子曰く、其の田疇(でんちゅう)を易(おさ)め、其の稅斂を薄くすれば、民、富ま使む可し。之を食するに時を以てし、之を用うるに禮を以てすれば、財、勝(あげ)て用う可からず。民、水火に非ざれば、生活せず。昏暮に人の門戶を叩き、水火を求むるも、與えざる無きは、至って足ればなり。聖人、天下を治め、菽粟(しゅくぞく)有ること水火の如くならしむ。菽粟、水火如くにして、民、焉んぞ不仁なる者有らんや、と。


その意味は、


孟子が言った。
「田地を耕作し、租税を軽減すれば、人民を富ますことができる。季節でないものは食用にせず、節度のある消費をする。人々は水と火とがなければ生存することはできない。日暮に人の門を叩いて水や火を求めても、これを与えないものがないのは、水や火は極めて多く充足しているからである。聖人が天下を治めるにも、水や火のように食糧を充実させる。もし食糧が水や火のように足りていれば、人民はどうして不仁のものがあろう。」


一斎先生は上記の『孟子』尽心章句上の趣旨をそのまま採用したわけではなく、一部の言葉のみを自身の伝えたいことを補足するために引用しています。


これを「断章取義」といって、孔子も『論語』の中に『詩経』の一部を採用するときなどに用いています。


さて、この章も伝えたい趣旨は、男女の交わりについてのようです。


水や火は便利であり生活に欠かせないものであるが、その使い方を誤れば自らの命を奪うほど危険なものでもある。


男女の交わりもそれと全く同じだ、というわけです。


今も昔も、恋愛感情のもつれから哀しい刃傷沙汰になるということはあるようです。


森信三先生は夫婦間の問題について、以下のような箴言を遺しておられます。


夫婦のうち人間としてエライほうが、相手をコトバによって直そうとしないで、相手の不完全さをそのまま黙って背負ってゆく。夫婦関係というものは、結局どちらかが、こうした心の態度を確立する外ないようですね。   『森信三一日一語』より(致知出版社)


夫婦間に限らず、恋愛関係にある男女にとっても、知っておくべきお言葉ですね。