原文】
漸は必ず事を成し、恵は必ず人を懐く。歴代の姦雄の如き、其の秘を窃む者有れば、一時亦能く志を遂ぐ。畏る可きの至り。


【訳文】
急かずおもむろに事をなせば必ず成功するし、仏心両面に人に対して恩恵を施していけば、必ず人がなつくようになる。代々の心の極悪な人物でも、この秘訣(漸と恵)を自分のものにして、たとえ一時的でも彼らの野望を満足させた。漸と恵の力は実に恐ろしいものである。


【所感】
急がずに少しずつ事をなせば必ず成功するし、人に恵みを与えれば人は懐いてくる。歴史上の悪知恵に長けた英雄たちも、その秘訣をものにして一時的ではあるがその志を遂げている。恐るべきことである、と一斎先生は言います。


成功の秘訣に関する章です。


急いては事を仕損じる。


という言葉もあるように、事を成すにはタイミングがあります。


孔子と子夏の問答にもそのことが示されています。


【原文】
子夏、莒父(きょほ)の宰となりて政(まつりごと)を問う。子曰わく、速(すみや)かならんと欲すること毋かれ。小利を見ること毋かれ。速かならんと欲すれば則ち達せず。小利を見れば則ち大事成らず。(子路第十三)


【訳文】
子夏が、莒父(魯の町)の代官になって、政治の要道を尋ねた。
先師は答えられた。
「速やかに成果を挙げようと思うな、目先の利にとらわれないようにしなさい。無理に速くしようと思えば、目標には到達できない。目先の利にとらわれると大きなことは完成しないよ」(伊與田覺先生訳)


また、人に施すことについては、老子がこう言っています。


【原文】
将に之を奪わんと欲すれば、必ず固(しばら)く之に与う。(第三十六章)


【訳文】
奪いとろうと思えば、まず与えておかなければならない。(小川環樹先生訳)


少しテクニック的になりますが、人を治め、懐けるには、まず与えることだということです。


物品を与えることはもちろんですが、ここでは評価といった心への施しも含まれると見てよいでしょう。


漸(一気に結果を求めず、少しずつ進めること)と恵(仏心ともに施しを与えること)は、組織運営の非常に重要な秘訣だと、一斎先生は見ておられます。


悪人といえども、この秘訣を手の内に入れれば、成功をつかむことができることを歴史は証明しています。


しかし、心が技術を超えない限り、決して技術は生かされません。


そこに義はあるか? といった、常にブレない自分独自の軸をもつべきです。


善あるいは義のない行動では、仮に一時は成功しても、必ず堕ちていきます。


歴史はそれをもまた証明しています。


ブレない軸を作るためにも
学問修養に励まねばなりません