原文】
賞罰は世と軽重す。然るに其の分数、大略十中の七は賞にして、十中の三は罰して可なり。


【訳文】
賞と罰は世の中の事情となりゆきに従って、軽くしまた重くすべきである。しかしその比率は、およそ十中の七ほどは賞し、十中の三ほどは罰するのが望ましいことである。 


【所感】
賞罰は状況によって軽重を判断するものである。しかしその割合はといえば、十のうち七は賞を与え、三は罰を与えるくらいが良い、と一斎先生は言います。


非常に具体的でわかりやすい章句ですね。


人の上に立つリーダーは、メンバーに対してこの賞罰をどう与えていくかに心を配らなければいけません。


賞を与えてばかり、つまり褒めてばかりでも駄目ですし、罰してばかりでも駄目だということでしょう。


そのバランスは、状況によって異なるものの、大概は7対3で良いと、一斎先生は仰っています。


小生などは、どちらかといえば3対7、いや2対8くらいの割合で、罰することが多いようです。


これでは組織マネジメントはうまくいかないよ、と一斎先生に諭されているようです。


さて、この賞罰に関しては、『韓非子』に有名な言葉があるので掲載しておきます。


【原文】
明主の導(よ)りて其の臣を制する所の者は、二柄(にへい)のみ。二柄とは刑と徳なり。何をか刑と徳と謂う。曰わく、殺戮をこれ刑と謂い、慶賞をこれ徳と謂う。人臣為る者は、誅罰を畏れて慶賞を利とす。故に人主、自ら其の刑徳を用うれば、則ち群臣は其の威を畏れて、其の利に帰す。故(すなわ)ち世の姦臣は則ち然らず。悪む所は則ち能くこれを其の主に得て、而してこれを罪し、愛する所は則ち能くこれを其の主に得て、而してこれを賞す。今人主、賞罰の威利をして己れよい出さしむるに非ず、其の臣に聴きて其の賞罰を行わば、則ち一国の人、皆な其の臣を畏れて其の君を易(あなど)り、其の臣に帰して其の君を去らん。此れ、人主、刑と徳を失うの患いなり。


【訳文】
賢明な君主がその臣下を制御するための拠りどころは、二つの柄にほかならない。二つの柄というのは、刑と徳である。何を刑と徳というのか。処罰で死罪にすることを刑といい、誉めて賞を与えることを徳という。人の臣たる者は、ふつうは処罰を恐れて褒賞を喜ぶものである。だから、人君たる者、その刑を行ない徳を施す権限を自分自身で運用したなら、群臣たちは刑罰の威力を恐れて褒賞の利益へと向かうことになるのである。ところが、世間の邪悪な臣下はそうではない。自分の嫌いな者がいると、君主の刑罰を行なう権限をうまくかすめ取ってその者を罰し、自分の気にいった者がいると、君主の褒賞を与える権限をうまく手にいれてその者を賞する。今かりに、人君たる者、賞による利益と罰による威力とを自分で与えることができず、その臣下と相談しながら賞罰を行なうということなら、国じゅうの人々はすべてその臣下を恐れて君主を軽視し、その臣下に身を寄せて君主からは離れることになるだろう。これこそ、人君たる者が刑を行ない徳を施す権限を失ったための弊害である。(金谷治先生訳)


いかにも法家の韓非子らしい章句ではありますが、リーダーが無暗に賞罰を与える権限までも下位の者に委譲してはいけない、という教えには納得するところが大きいのではないでしょうか。


そのためにはリーダーは日頃からメンバーの行動を直接視るという機会を得ておくことも必要でしょう。


最終的な評価を与える権限はしっかりと保持した上で、褒めると叱るのバランスを7対3で行う。


これが適切なリーダーシップを発揮する上でのゴールデンルールなのかもしれません。