原文】
孟子は、先務を急にし、親賢を急にするを以て、堯・舜の仁智と為す。試みに二典を検するに、並びに皆前半截(はんせつ)は、是れ先務を急にして、後半截は是れ親賢を急にす。


【訳文】
孟子は、知るということよりも、まず最初に為すべきことを為し遂げ、人を愛する以前に、賢者に親しむを急務とすることを、堯・舜の仁であり智であるとしている。試みに、『書経』の堯典と舜典とをしらべてみたが、両者ともそうで、前半は先務を主にし、後半は親賢を主としている。


【所感】
孟子は、知ることよりも自分のなすべきことをやり遂げることが先決であり、人を愛するよりも賢者に親しむことが先決であるとして、これを堯・舜の仁や智であるとしている。試みとして『書経』の堯典と舜典を調べてみると、ともに前半では務めを先にすることを、後半では賢者に親しむことを述べている、と一斎先生は言います。


一斎先生が引用した『孟子』の該当部分を掲載しておきます。


【原文】
孟子曰く、「知者は知らざること無きなり。当に務むべきを之れ急となす。仁者は愛せざることなきなり、賢を親しむを急にするを之れ務となす。堯舜の知にして物に徧(あまね)からざるは、先務を急にすればなり。堯舜の仁にして人を愛するに徧からざるは、賢に親しむことを急にすればなり。(後略)」


【訳文】
孟子のことば「知者はなんでも知らぬことはないはずだが、自分の本務をまっ先とするから、自然知らぬこともある。仁者はなんでも愛さぬものはないが、賢者を親愛することを急務とするから、自然至らぬところも生ずるのだ。すなわち、堯舜のような知者でも、すべての物事をあまねく知らなかったのは、先務を急としたからであり、堯舜のような仁者でも、すべての人間をあまねく愛することがなかったのは、賢者を親愛することを急務としたからである。」(宇野精一先生訳)


立派な人になりたいなら、まず目先の仕事に一所懸命に立ち向かえ。そして師と仰ぐべき人に親しみ、教えを請いなさい、と一斎先生は仰っています。


なにはともあれ、まずは今やるべきことを後回しにするな、という教えはこれまでにも目にしてきました。


しかし、この言葉の深さは、人に仁を施したいなら、まず己が師となる人に私淑せよ、と述べているところにあります。


これについては森信三先生も『修身教授録』の中で以下のように述べておられます。


目下の人に対する思いやりというのは、まず自分自身が、目上の人に対してよく仕えるところから生まれてくると思うのです。世間でも、「人に使われたことのない人に仕えるのはつらい」と申しますが、まったくその通りで、人に仕えたこのとない人は、どうしても人に対する思いやりが欠けやすいものです。つまり人間というものは、実地身をもってそこを経験しないことには、単に頭だけでは察しのつかないところがあるわけです。


この章句は、つまるところ知者になろう、仁者になろうとするならば、まず実地身をもって体験せよ、ということを教えてくれているのです。


小生などはすぐに形から、あるいは知識から入ろうとする悪癖がありますので、こうした言葉を聴くと目が覚める思いがします。