原文】
吾人は須らく自重を知るべし。我が性は天爵(てんしゃく)なり、最も当に貴重すべし。我が身は父母の遺体なり、重んぜざる可からず。威儀は人の観望する所、言語は人の信を取る所なり、亦自重せざるを得んや。


【訳文】
われわれは、ぜひ自重(身を慎んで軽率に行動しない)ということを知るべきである。わが本性は、天から与えられた美徳で自然に尊いものであるから、最も大切にしなければならない。わが身体は、父母から遺されたものでであるからして、重んじなければならない。自分の立居振舞いは、人の見る所のものであり、言葉は人から信用を受ける所のものであるから、これもまた、どうして自重しないわけにいこうか、自重しないわけにはいかない。


【所感】
われわれは自らを慎むことを知るべきである。人間の本性は天から与えられたものであり、一番重視すべきものである。また自分の身体は父母の遺体といってよく、当然尊重しなければならない。自身の起居行動は人が観察するところであり、言葉は人がそれをもって信頼するかどうかを判断するものであり、慎まないわけにはいかない、と一斎先生は言います。


この章の元となった『孟子』の章句を引用しておきます。


【原文】
孟子曰く、天爵なる者あり、人爵なる者あり。仁義忠信にして、善を楽しんで倦まざるは、これ天爵なり。公卿大夫は、これ人爵なり。天爵を脩(おさ)めて、人爵はこれに従う。


大切なのは地位や名誉ではなく、仁義忠信を重んじ、ただ善を求めて生きるという人間の本性だ、と孟子は仰っています。


だからこそ天賦の徳性をもつ我が身自身を大切にせよ、と一斎先生も仰っているのです。


さらに、一斎先生は「我が身は父母の遺体」という『礼記』の中の曾子の言葉を引用されて、我が身を尊重すべきもうひとつの理由を説いています。(第211日参照)


そして、人はひとりでは生きられず、つねに人の間で生きていくべきであるから、行動と言葉を慎むことが何より重要なことだと締めくくっているのです。


つまり天性の発揮や父母(祖先)への敬意を抱くという自身の内面を慎むとともに、態度や言葉といった外面をも慎むことで、己をつねに修養していくことの大切さを語っている章であると、小生は理解をしています。