原文】
一の字、積の字、甚だ畏る可し。善悪の幾も初一念に在りて、善悪の熟するも、積累の後に在り。


【訳文】
一という字と積という字は、特に畏れ慎まなければいけない。善も悪もそのきざしというものは、最初の一念(ふと心に思い出すこと)によるものであり、また善や悪が固まるのも、最初の一念が積み重なった後に結果として成るわけである。


【所感】
一と積という字は大いに畏れ慎むべきである。善悪の兆しは最初の一念にあり、善悪はその一念が積み重った後に定着するものだ、と一斎先生は言います。


積という字に関しては、『易経』文言傳、坤に有名な言葉があります。


【原文】
積善の家には必ず余慶あり。積不善の家には必ず余殃あり。


【訳文】
善行を積み重ねてきた家は、孫子の代にいたるまで幸せに恵まれる。不善を積み重ねてきた家は、のちのちまで必ず禍を受ける。(守屋洋先生訳)


善悪の積み重ねの結果は、我が身一代では終わらず、子孫にまで影響を及ぼすものであるから、善行を積み重ねなければいけない、という教えです。


本日の一斎先生のお言葉は、最初が肝心であることと継続することの大切さと怖さを説いたものと解して良いでしょう。


善いことをしたとしても、それが一回で終わるようではいけないし、仮に悪いことをしたとしても、それを続けなければ大きな災いにはならないということです。


原始儒教は行動を旨とする学問ですから、言より行で、まず行動をすることを求めます。


頭で行動しなければならないと分っていても、実際に行動しないのであれば、それは理解していないことと同じです。


そしていざ行動を起したら、あとは何としても最後までやり抜く覚悟をもって続けなければなりません。


逆に、心に間が差して不善を行なってしまったなら、絶対に繰り返さないという覚悟をもつべきです。


一斎先生のメッセージをしっかりと受け留め、善行(世の中のためになること)を継続していかなければなりません。