原文】
其れ難じ其れ慎まば、国家に不慮の患(かん)無く、惟れ和し惟れ一なれば、朝廷に多事の擾(じょう)無し。


【訳文】
何事にも心を配って慎重であれば、国家に思いがけない禍は起こらないであろうし、また万人が和合し一致協力しておるならば、朝廷に多事に煩わされることは起ってこないであろう。


【所感】
平生から大事をとって軽率にせず、慎み深くしていれば、国家に思いがけない禍が生じることはなく、万民が和合し、一つになっておれば、朝廷が多事に患わされるようなことない、と一斎先生は言います。


一斎先生は国や朝廷について書かれていますが、これはもちろん会社組織や家庭においても活かすことのできる教訓となっています。


リスクを想定し、無駄を省き、軽はずみな行動を控える。


組織のメンバーは日頃から心をひとつにして互いに信頼感で結び付いている。


このような組織であれば、たしかに大きな災難に苛まれることはないでしょう。


なお、この章句は『書経』咸有一徳からの引用ですので、その一部を掲載しておきます。


【原文】
臣上(かみ)の爲にするには徳を爲(な)し、下の爲にするには民の爲にす。其れ難(かた)んじ其れ慎み、惟れ和し惟れ一(いつ)になれ。徳に常師無く、善を主とするを師と爲す。善に常主無く、克(よ)く一なるに協(かな)ふ。


【訳文
臣たるものは、上のためには徳を行なうようにし、下のためには人民のことを謀るようにするものです。だから、君主は任用を軽々しくせず、慎重にするようにし、互いに和合するようにし、均一であるようにしなければなりません。徳にはきまった師はなく、善を拠り処にするものを師とするのです。善にはきまった拠り処はなく、よく純一にかなうようにするだけです。(小野沢精一先生訳)


この言葉は殷の湯王の宰相であった伊尹(いいん)が年老いて役職を退くにあたり、湯王の子太甲に徳に関する意見を述べた件で出て来る言葉です。


よって本来の趣旨は、各部門を率いるリーダーは、徳のある人間でなければならないのであるから、トップはその任用を軽率にしてはいけないし、トップとリーダーはお互いを信頼し合い、一枚岩でなければいけないということを諭している言葉になります。


一斎先生は、これを断章取義(作者の本意や詩文全体の意味に関係なく、その中から自分の役に立つ章句だけを抜き出して用いること)的に採用して、国家や朝廷の在り方への戒めとしていると見て良さそうです。


いずれにしても、組織がその存在意義を発揮するためには、リスクヘッジを考慮することと組織のメンバーが一枚岩となって事に臨む体制を作り上げるという2点が重要である。


そう理解して、組織運営を行なう際に十分に留意したい箴言だと捉えておきましょう。