原文】
「直を以て怨に報ゆ」とは、善く看るを要す。只だ是れ直を以て之に待つ。相讎(そうきゅう)せざるのみ。


【訳文】
『論語』に孔子がいった「公平無私(直)をもって怨みに報いる」ということは、十分吟味して見なければならない。ただこれは公平無私をもってこれにあたるのであって、互いに仇敵(あだかたき)とするものではないだけである。


【所感】
『論語』にある孔子の言葉「公平無私(直)をもって怨みに報いる」については、よく吟味する必要がある。これは公平無私の態度で人に接するということで、恨みを晴らせということではない、と一斎先生は言います。


まず『論語』憲問第十四篇の該当章を引用します。


【原文】
或ひと曰わく、徳を以て怨に報いば何如(いかん)。子曰わく、何を以てか徳に報いん。直きを以て怨に報い、徳を以て徳に報いん。


【訳文】
ある人が「徳を以て怨みに報いるという言葉がありますが、先生はどうお考えになりますか」と尋ねた。
先師が答えられた。
「それでは何を以て徳に報いればよいのか。まっ直ぐな正しさで以て怨みに報い、徳を以て徳に報いるのがよいと思う」


この章句の意味を誤解するな、と一斎先生は警鐘を鳴らします。


つまり、怨みという感情に真っ向から対抗してはいけない。
ただ真っ直ぐに正しいと思うことを貫け、という意味なのだと一斎先生は仰っているのです。


怨みの感情を無理に和らげようとしたり、上から押さえつけようとすれば、それはかえって逆効果になります。


怨みに対して徳で報いるとは、相手からすれば、どうしても上から押さえつけられ、説き伏せられるる印象を持つものではないでしょうか。


よって孔子は、怨みに対しては徳で報いるなと仰っているのです。


相手の怨みの感情が自分に向けられている場合、もし自分が正しいことをしたと確信がもてるなら、ただ淡々と己を貫けばよい。


しかし、もし自分に否があると認めるならば素直に謝罪をせよ、ということでしょう。


ところで自分の言動や行動が正しいかどうかということを客観的に判断するのは大変難しいことです。


修養の目的は、己の徳を磨くことであり、結局徳を磨くとは、つねにブレない自己を築き上げることなのでしょう。


一斎先生の『論語』読みの深さに感銘を受けます。