原文】
下情に通ずるの三字は、当に彼我の両看を做(な)すべし。人主能く下情に通達す。是れ通ずることに我れに在り。下情をして各おの通達するを得せしむ。是れ通ずること彼に在り。是(かく)の如く透看すれば、真に謂わゆる通ずるなり。


【訳文】
下情(下々の人情や風俗)に通ずるというこの三字(通下情)は、彼と我れとの両方について見なければいけない。上の者がよく下の事情に通じているという「通」は我れの側にあるので、下の事情を各々我れに通ぜしめるという「通」は彼の側にあるのである。


【所感】
通下情という三文字は、相手と自分との双方を念頭に置かなければならないということを意味している。人の上に立つ者がよく下の事情に通じるというときの「通」は我の側にあり、下の事情をそれぞれ我に通じさせるというときの「通」は相手の側にある。このように理解するのであれば、相手と自分との見透しがついて、真の意味で下情に通じているといえるであろう、と一斎先生は言います。


やや難解な章です。


組織論に置き換えてみましょう。


リーダーがメンバー各々の個別事情をよく把握しているという組織は、いわゆる風通しの良い組織といえるでしょう。


しかしここで大事になってくるのは、リーダーがメンバーの事情を聴きに行くのではなく、自然とメンバーからリーダーに相談が上がってくる環境にあるかどうかです。


そもそもメンバー一人ひとりに興味を持たないようなリーダーではどうしようもありませんが、意外と分かっているつもりで分かっていないのが実情ではないでしょうか。


またリーダー自身が自ら胸襟を開いて、己を開示することも重要です。


こちらの腹の内は隠しておいて、メンバーをうまく働かせようなどと考えていれば、それはメンバーに見透かされて、メンバーも心を閉じてしまうはずです。


下情に通じる、という言葉ひとつを取り上げる場合でも、多面的に捉えることが必要だということを、ここで一斎先生は教えてくださっているのでしょう。