原文】
実学の人、志は則ち美なり。然れども往往にして読書を禁ず。是れ亦噎(えつ)に因りて食を廃す。


【訳文】
実際に役に立つ学問をする人は実践躬行を重んずるから、その人の志は大変立派であるといえる。しかしながら、往々にして読書をしようとしない。これもまた、むせたので食事をしない(大事なことをおろそかにする)ようなものである。


【所感】
学んだことを実践することを旨とする実学の人の志は大変立派なものである。ところがこういう人に限って本を読もうとしない。これでは、食事が喉につかえたからといって食事をすることを止めてしまうようなものだ、と一斎先生は言います。


ここで一斎先生がご指摘している実学の人は、真の実学の人ではなく、どちらかといえば、「自称実学の人」を指しているのでしょう。


森信三先生は、


読書は心の食物である


と仰っています。


その上で、


一日読まざれば、一日喰わず


という覚悟で徹底的な読書と実践をされた日本を代表する偉人のおひとりです。


小生などは、森先生の書物を読むたびに読書の大切さを教えて頂き、そのお蔭様で多くの良書とその本をご縁とした良縁も恵まれました。


上杉鷹山公の師として知られる細井平洲先生の名言に、


学思行合須(ま)つ


があります。


この言葉が意味するところを、小生は以下のように理解しております。


インプットなくしてアウトプットなしですから、まず学ぶことが重要であり、学ぶ上で最も大きな割合を占めるのが読書ですから、読書中心の学びを徹底する。


そして学んだ内容を、自分の言葉で語れるレベルにまで徹底的に思索し、その後行動に移す。


学んだら即実践ということではなく、自分なりにしっかりと咀嚼するという作業の必要性が説かれた名言です。


どのくらいの読書量が必要かというのは、なかなか難しい問題ですが、人それぞれキャパシティがありますから、その人に合ったボリュームをまずは処理しながら、徐々にその処理能力を高めていくのが良いようです。


小生はかつて年間100冊の読破を宣言して完遂はできたのですが、食事を採りすぎれば胃腸が消化不良を起こすように、小生の脳も処理容量を超えてしまったようで、平洲先生の仰る「思う」という行為が不十分となって、結果として実践に結びつかなかったという経験があります。


現在は月5冊程度をひとつのノルマとしつつ、余裕があったら1冊2冊とプラスしていくという読み方をしております。


皆様は、心を満たすに十分な読書をされていますか?