【原文】
山は実を以て体と為し、其の用は虚なり。水は虚を以て体と為し、其の用は実なり。


【訳文】
山は岩石や草木などの実体をもってできあがっているが、しかしその山の働きは別に何もない。これに対して、水は山の如くこれが実体であるとすべきものはまったく無いが、その働きは広くゆき渡っていて充実している。


【所感】
山というものは土、岩、草木などから出来ており実体のあるものであるが、その働きとしてはこれといったものがない。一方、水は無味かつ無色透明であって実体としての存在は希薄であるが、その作用は幅広く万物を潤しており、大いに役立っている、と一斎先生は仰っています。


ここで一斎先生が言わんとしていることは何でしょうか?


焦点が山ではなく、水に当てられていることは間違いないでしょう。


水は一見すると、無味であり、また無色透明であって、自らその存在を主張しません。


しかし、水がなければすべての生物は生きられません。


水は万物を潤す多くの作用を有しているのです。


水についての記載がありましたので、ここでご存知とは思いますが、黒田如水の作といわれる有名な水五則(訓)を掲載しておきます。


第一則 みずから活動して、他を動かしむるは、水なり。

第二則 常におのれの進路を求めてやまざるは、水なり。

第三則 障害にあって、激しくその勢力を百倍し得るは、水なり。

第四則 みずから潔(きよ)うして他の汚濁を洗い、清濁あわせいるる量あるは、水なり。

第五則 洋々として大海をみたし、発しては露となり、雨雪と変じ、霰(あられ)と化す。凍っては、玲瓏たる鏡となり、しかも、その性を失わざるは、水なり。


また、この黒田如水の名前の由来となった『老子』の言葉も掲載しておきましょう。


【原文】
上善は水の如し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し。


【訳文】
最も理想的な生き方は、水のようなものである。水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、人の嫌がる低いところへと流れていく。だから「道」のありように似ているのである。(守屋洋先生訳)


この章で一斎先生が伝えたかったメッセージは、人は水と同じく、平生は自らを主張せずに過ごし、火急のときにはその力を存分に発揮するような人物たれ、ということでしょう。


あらためて、我々は水に学ばなければいけませんね。