【原文】
孔子の九思、曽子の三省、事有る時は是を以て省察し、事無き時は是を以て存養し、以て静坐の工夫と為す可し。


【訳文】
孔子は修養として省察すべき九ヵ条を挙げ、孝行第一の曽子は自己反省について三ヵ条を挙げているが、われらも事ある時には反省してよく考え、事無き時には良心を失わないようにして本性を養って、静坐をする場合の工夫とするがよい。


【所感】
『論語』には孔子の九思、曾子の三省が掲載されているが、有事のときにはこれを活用してよく察し、事無きときにはこれをもって自らを修養して、静坐をする場合の工夫とすべきである、と一斎先生は言います。


ここに挙げられた「九思」とは、以下の『論語』の章句に掲載されています。


【原文】
孔子曰く、君子に九思有り。視るには明を思い、聴くには聰を思い、色には温を思い、貌(かたち)には恭を思い、言(ことば)には忠を思い、事には敬を思い、疑わしきには問を思い、忿(いかり)には難を思い、得るを見ては義を思う。(季子第十六)


【訳文】
先師が言われた。
「君子に九つの思いがある。見るときには、明らかに見たいと思い、聴くときには、さとくありたいと思い、顔色は、常にあたたかくありたいと思い、姿は、うやうやしくありたいと思い、ことばは、まことでありたいと思い、仕事には、つつしんで過ちがないように思い、疑わしいときには、遠慮せず問うことを思い、怒りの心が起きたときには、あとにくる難儀を思い、利得を前にしては、道義を思うのである」(伊與田覺先生訳)


続けて、「三省」とは、


【原文】
曽子曰わく、吾日に吾が身を三省す。人の爲に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを傳うるか。(学而第一)


【訳文】
曽先生が言われた。
「私は毎日、自分をたびたびかえりみて、よくないことははぶいておる。人の為を思って、真心からやったかどうか、友達と交わってうそいつわりはなかったか、まだ習得していないことを人に教えるようなことはなかったか」(伊與田覺先生訳)


一斎先生は、有事の時もそうでないときも、つまり平生より常に、孔子の九思と曽子の三省を意識して自らの言動を慎むことを教えられています。


注目すべきは、すべての項目が矢印を自分に向け、自らを修養することを意図して設定されています。


相手を変えようとか、相手に自分の意見や行動を強要しょうとする意図は微塵もありません。


ところが世の中の似非(えせ)君子は、自分のやり方だけが正しいものとの独断に陥り、他人を自分の意見に従えようとします。


小生も、すこし『論語』や儒学を学んだからといって、そんな似非君子とならない様に、この九思・三省を日々唱えて、我が身を省みたいと思います。