【原文】
読書は宜しく澄心端坐して寛(ゆる)く意思を著(つ)くべし。乃ち得ること有りと為す。五行並び下るとは、何ぞ其の心の忙なるや。作文は宜しく命意立言して、一字も苟(かりそめ)にせざるべし。乃ち瑕(きず)無しと為す。千言立ちどころに成るとは、何ぞ其の言の易(い)なるや。学者其れ徒らに顰(ひん)に才人に効(なら)いて、以て忙と易とに陥ること勿れ。


【訳文】
読書の場合には、よく心を安静にし、正坐して、ゆったりした心持でするがよい。そうすれば得る所があるであろう。世間には一時に五行も読み下すほどの人がおるが、なんと気忙しい事なのか。また、文章を作る場合には、よく考え練って文字に書き記し、一字でもおろそかにしないようにするがよい。そうすれば、欠点のない文章ができ上る。千字もあるほどの長い文章も即座に作るというのは、なんと作文が容易なことか。学問をする者は、いたずらに才人の真似をして、気忙しく読書したり、容易に作文するというような弊害に陥るようなことがあってはいけない。


【所感】
読書をするにはよく心を澄ませて正坐してゆったりと考えをめぐらすのがよい。それによって得るものは有るはずである。一度に五行を読み下すというのは、なんとも心が忙しないことである。文章を作るにはテーマを決めて自分の意思を述べ、一文字といえども疎かにしてはいけない。そうすれば、欠点のない文章が出来上がるであろう。千文字を瞬く間に作るとは、なんと安易な発言であろうか。学問をする者は、無批判に才人の真似をして、忙しなく読書をしたり、安易に文章を作るような弊害に陥ってはならない、と一斎先生は言います。


今日は、読書と作文についての一斎先生からのアドバイスです。


読書はゆったりと寛いで、姿勢を正して読むべし、と一斎先生は仰っています。


そして、速読の弊害を述べられております。


小生もかつて年間100冊の読書を宣言して、本を読むことが目的となってしまったことがありました。


また、最近は寝転がって本を読んでいるうちに、そのまま寝落ちしているということもしばしばです。


そういう経験がありますので、この言葉は非常に肚に落ちるものがあります。


また、作文に関しては、まさにこの「一日一斎」を日々書き綴っていく中で、じっくりと文章を推敲する時間を惜しんで、安易に作り上げてしまった日も多々あります。


読書も作文も共に人間を完成させるために必要なことです。


そうであるならば、我が師が常々仰っているように、「三秒の道」を求めず、じっくりと取り組まねばなりません。


何事も成果を急がず、じっくりと取り組むべきであり、それでこそ多くの学びがあるのだということを、一斎先生に改めてご指導いただいた思いです。