【原文】
生生にして病無きは、物の性なり。其の病を受くる必ず療すべきの薬有り。即ち生生の道なり。然も生物また変有り。偶(たまたま)薬す可からざるの病有り。医の罪に非ず。譬えば猶お百穀の生生せざる無きも、而も時に稗(ひえ)有りて食う可からざるがごとし。農の罪に非ず。


【訳文】
生き生きした元気で、病の無いのが物の本性(本来の性質)である。それが病気になった時には必ず治療すべき薬がある。これが、すなわち生生の道である。しかし生物に変ったことがあって、薬で治療できない病気もある。これは医者の罪ではないのである。譬えてみると、種々様々な穀物が、生生として発育しないものはないが、時折り稗があって、食べられないようなものである。これは農家の人々の罪ではないのである。


【所感】
生き生きとして病気に罹らないということが物の本来の性質である。病気になったときは必ずそれを治療する薬がある。これが生々の道である。たまに薬では治療できない病に罹ることがあるが、これは医者の責任ではない。例えて言えば、様々な穀物で生き生きと生育しない物はないが、それでも時々稗のように食べることができないものがあるようなもので、これは農家の責任ではない、と一斎先生は言います。


人間は本来、天の摂理に順じて生きておれば病気にはならないものだが、もし病気になったとすればそこには必ず原因がある、と一斎先生は仰っているのでしょうか。


現代における成人病と呼ばれる疾病は、まさに日頃の食生活や運動不足に起因しており、バランスのとれた食生活と適度な運動を行えば、そのリスクはかなり減じることができます。


現在日本において女性の死因の一位となっている大腸がんは、かつては日本人にはほとんど見られず、日本人には罹患しない病気であると言われていました。


しかし食の欧米化に伴い、猛烈な勢いで大腸がんは増加しており、国内では毎年 45,000人が大腸がんで命を落としています。


薬は対処療法であり、根本治療ではありません。


未病、つまり病気になる前に手を打つことが根本の薬であって、それが医療費の大幅削減にもつながります。


小生は最近はまったく運動をしておらず、体重が右肩上がりで上昇中です。


それではいかんぞと一斎先生に叱られてしまいました。


さて、この章でわからないのは、薬では治療できない病もあって、それは医者としてもどうしようもない、という箇所です。


バランスよく食事を摂取し、運動を行っていても病になることはあるが、それは天命として受け容れる他はないということでしょうか。


あるいは医学はどうしても後追いであって、すべてを現代医学で解明することはできないということでしょうか。


小生はこれ以上の読み込みはできませんでした。


これについては、有識者のご意見を賜れれば幸いです。