【原文】
余、史を読むに、歴代開国の人主は、閒気(かんき)の英傑に非ざるは無し。其の孫謀を貽(のこ)すも亦多し。守成の君に至りては、初政に得て晩節に失う者有り。尤も惜しむ可し。蓋し其の初政に得れば、固と庸器に非ず。但だ輔弼の大臣其の人を得ざれば、則ち往往其の蠱(こ)する所と為り、好みに投じ欲に中(あた)って、以て一時の寵を固くす。是(ここ)において人主も亦自ら其の過を知らず、意満ち志懈(おこた)り、以て復た虞(おそ)る可き無しと為し、終に以て国是を謬(あやま)る。是の故に虞・夏・商・周は、必ず左輔(さほ)・右弼(うひつ)・前疑・後丞(こうじょう)を置き、以て君徳を全うす。其の慮たるや深し。


【訳文】
自分は歴史の書を読んでみたが、代々国を開いた人君は、世を隔てて特殊な気運によって現われた英雄豪傑でない者はいない。なおその中には、子孫のために将来の謀(はかりごと)を残している者も少なくはない。創業の跡を承け継いでいく守成の人君になると、治世の当初には善い政治をして民心を得たが、晩年になって失敗する者があるが、最も残念なことである。思うに、治国の初めに善政を施いて民心を得れば、元来凡才ではない。ただ人君を輔佐する大臣が良くなければ、まま禍を受けることになる。良くない大臣は、人君の好みに乗じたり、その欲求する所に合わせたりして、一時の寵愛を独り占めにする。このようになると、人君もまた自分の過失に気がつかず、満足して怠り、心配は何もないと考えて、遂に国家の大計を誤ってしまうのである。それ故に、古代の帝舜や夏・殷・周三代の名君達は、必ず人君の左右や前後に輔佐の者を置いて、君徳を全うしたのである。その思慮は実に深かった。


【所感】
私が史書を読む限り、歴代の国を創業した君主は特殊な機運によって世をへだてて登場した英傑でない者はいないようである。その中には子孫のために謀を講じておく者も少なくない。守成の君主にいたっては、治世の初めには良い政治を行うも晩節を汚す者がある。非常に残念なことである。思うに最初に善き政治を行ったのであれば本来は凡庸な君主ではなかったはずである。ただ臣下に人物を得なかったために、そうした臣下が群がって、好みや欲に迎合して、一時の寵愛を勝ち取るのである。こうなると君主も自らの過失に気づかず、情意は満ちても志がゆるんで、恐れるべきことを恐れず、終には国家の大計を誤ることになるのだ。だからこそ、帝舜や夏・殷・周三代の名君は必ず左輔・右弼・前疑・後丞といった輔弼を配置して君主の得を全うしたのだ。その配慮は実に深いものがある、と一斎先生は言います。


歴史に起こることは、企業においても擬似的に起こっているとみて良いものです。


企業の創業者は、一台で企業を立ち上げるのですから、やはり凡人ではないでしょう。中には後継ぎのために後継者に帝王学を学ばせるなどの手を打つ人もいるようです。


後継者とくにジュニアと呼ばれるような経営者になると、そこには凡愚な人も現れます。


ところが当初はしっかりと親の意志を継いで立派に経営を行っていたのに、軌道に乗って安心すると経営を誤るというケースはままあるものです。


そのときに大きな要因となるのが、いわゆる腹心の参謀でしょう。


帝王学の教科書と言われる中国古典のひとつ『貞観政要』にもこうあります。


【原文】
政を為すの要は、惟(た)だ人を得るに在り。用うることその才に非ざれば、必ず治を致し難し。


【訳文】
政治の要諦は、人を得るかどうかにかかっている。その職にふさわしくない人間を登用すれば、必ず政治に混乱を招く。(守屋洋先生訳)


もうひとつ『貞観政要』から引用しておきます。


【原文】
君の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり。その暗き所以の者は、偏信すればなり。


【訳文】
明君の明君たるゆえんは、広く臣下の意見に耳を傾けることである。また、暗君の暗君たるゆえんは、お気に入りの臣下のことばだけしか信じないことである。


会社(あるいは国)を生かすも殺すもすべてリーダーの人選力とその登用に懸かっていると言っても過言ではないでしょう。