【原文】
顔淵、仲弓は、「請う斯の語を事とせん」と。子張は「諸を紳に書す」。子路は「終身之を誦す」。孔門に在りては、往往にして一二の要語を服膺すること是の如き有り。親切と謂う可し。後人の標目の類と同じからず。


【訳文】
孔門中徳行第一の顔淵と仲弓は、「(孔子の)教えの言葉を一生守って実践します」といい、子張は「(師の教えを)紳(しん:大帯の前に垂れて飾りとしたもの)の裏に書きつけて忘れないようにします」といい、子路は「(師が言われた『詩経』の言葉を)一生忘れず暗誦します」といった。このように孔子の弟子達は、一つ二つ大切な言葉を心にとどめて忘れないように努めた。これらは誠に情の厚いものといえる。後世の学問をする人々が、ただ単なる目じるしとして覚えているのとは、まったく趣を異にしている。


【所感】
孔子の高弟で徳行で優れているとされる顔回と仲弓は、「孔子から教えられた言葉を一生大切にして実践します」と言っている。子張は「孔子の言葉を帯に書き付けた」とされる。子路は「孔子から教えられたことを一生暗誦します」と言った。孔子の門下にあっては、弟子たちはこのように一つ二つの重要な言葉を拳拳服膺した。その身に切実であったと言えよう。後世の人々が目標としたのとはまったく異なる行為であった、と一斎先生は言います。


孔子の弟子たちは、主に仕官することを夢見て孔子教団に入門し、教えを請うています。


これに対して孔子はそれぞれの弟子の特徴を見事に捕らえ、応病与薬、あたかも病状に合わせて薬を与えるかのように、弟子夫々の課題と実践目標を指し示します。


ここに挙げられた4名の弟子達にはどんな教えを与えたのでしょうか?


顔回が仁の実践について尋ねたときには、「礼にはずれたことは見ない、礼にはずれたことは聞かない、礼にはずれたことは言わない、礼にはずれたことは行わない」と指示を与えました。(顔淵篇)


仲弓が仁を問うたときは、「家の外で会ったときは相手を高貴な客を見るかのように扱い、人民を使役するには、大切な祭に仕えるようにするのだ。自分がして欲しくないことは、人にしないこと。」と伝えています。(顔淵篇)


子張がどうすれば思うように道が行われるかを問うたときは、「言うことが誠実で言を違えないようにし、やることが篤実で慎み深ければ、たとえ南蛮北狄のような野蛮な国へ行ったとしても、必ず思った通りのことが行われるだろう。言うことに実がなくいい加減なものであったり、やることに情がなく浮ついたものであったなら、たとえ生まれ故郷であったとしても、何一つ思い通りにならんだろう。」と言います。(衛霊公篇)


子路については、『詩経』ある 「他人を妬まず、必要以上に欲しがらず。そうすれば善人になれるだろう。」とあるのをたえず口ずさんでいたのに対し、「それくらいではまだ不十分だ」と伝えています。(子罕篇)


一方、これらの弟子達も、夫々のやり方で師の教えを深く心に刻み、一生の指針としています。


そこに真の師弟愛を感じ取ることができます。


リーダーとメンバーとの間は師弟関係とは違いますが、同種の信頼感をもって仕事をしたいものです。


そのためにはまずリーダーが、メンバーの長所と短所、課題と対策を明確に伝えられるまでに、メンバーを知ることが先決です。