【原文】
清初、考処の学盛行す。李二曲(顒)・黄黎洲(こうりしゅう)(宗義)・湯潜菴(斌)・彭南畇(定求)・彭樹蘆(士望)の諸輩、竝びに此の学に於いて見る有りと為す。要するに時好と殊に異なり。学者其の書を読みて以て之を取舎するを妨げず。


【訳文】
清朝初期に考証学が盛んに行なわれたが、その間において、特に李二曲(りじきょく)・黄宗義(こうそうぎ)・湯潜菴(とうせんあん)・彭南畇(ほうなんきん)・彭樹蘆(ほうじゅろ)等の学問や著書には診るべきものがある。しかしながら、要するに、彼らは時代の流行(好み)と殊更に相反しているようである。それで、学問に志す者は、彼らの著書を読んで見て、よく取捨選択すべきである。


【所感】
清朝初期に考証学が盛んとなった。李二曲・黄宗義・湯潜菴・彭南畇・彭樹蘆等の学説については見るべきものもある。彼らの学説はその時代の好みとかなり異なっている。学問をする者は、その書を読んだうえで、よく取捨選択すべきであろう、と一斎先生は言います。


昨日に続いて清朝の学説に関する記述です。


ここに掲載されている学者先生の名前については、小生はここではじめて知ったくらいで、その歴史的な評価などはまったく存じておりません。


ここに列挙された学者先生は概ね陽明学派であって、中でも黄宗義や彭樹蘆は、明朝滅亡後に清朝には仕官しなかったようです。(いわゆる考証学派とは一線を画していた学者先生のようです。)


小生が本章から学び得たことは何かといえば、


学問をする者は主体性をもって学ばねばならない


ということでしょうか。


何を目的とし、何を基準にして学ぶのかを常に念頭におき、流行に左右されない学びが必要なのでしょう。


ここでも「不易流行」の不易の部分を探り当て、学びを深めるということが大切だということです。


本物を見極める目を養うためにも、数多くの本物の学問に触れていかなければなりませんね。