【原文】
世に一種の心学と称する者有り。女子・小人に於いては寸益無きに非ず。然れども要するに郷愿(きょうげん)の類たり。士君子此を学べば、則ち流俗に汨(しず)み、義気を失い、尤も武弁の宜しき所に非ず。人主誤って之を用いば、士気をして怯懦ならしむ。殆ど不可なり。


【訳文】
世に心学と称する一種の学問があるが、これは女子や小人には、多少得る所が無いでもない。これは要するに、教養の低い者に人気を得ようとする偽善者の類である。教養のある人や立派な人達がこれを学ぶと、凡俗になり、正義の心が失われてしまうので、特に武士の学ぶべきものではない。殿様がこれを誤って用いるならば、武士の意気を弱めて臆病にさせるからしてよくない。


【所感】
世の中に石門心学と称する学問がある。これは女性や子供には多少学ぶべき点もあるかも知れない。しかしこの学問は要するに八方美人的なところがある。官職にある人や教養のある人がこれを学ぶことは、流行に飲み込まれ、正しい心が失われるので、武士にとっては最も宜しくないものである。誤って君主がこの心学を採用すれば、武士の士気を貶めて臆病者にさせてしまうだろう。全くもって不適切である、と一斎先生は言います。


江戸時代享保年間に起こった石田梅岩先生の教えを中心とした学問に石門心学(または単純に心学と呼ばれる)があります。


これは商人の意識向上に大いなる影響を与えた学問で、小生のように商売に携わる者にとっては、大変有益な教えです。


ところがご承知のように、その当時は士農工商という身分制度があって、商人はもっとも地位の低いものとされていた時代です。


梅岩先生の有名な言葉の中に、


商人の買(売)利は士の禄に同じ。買利なくば、士の禄なくして事ふるが如し。


つまり、


商人の得る利益は、武士の俸禄と同じである。


というものがあります。


このような言葉の影響や時代背景によって、石門心学は名のある学者先生からことごとく非難を浴びています。


一斎先生でさえ、このような言葉を発せられています。


物を生まない商業に対しての偏見は、当時かなり厳しいものがあったということが伺われますね。


ちなみに、石門から中沢道二という人が出ますが、この人は時の老中松平定信や諸大名といった武家階級にまで心学を広めています。


石田梅岩先生と石門心学は、日本の商業の発展に大いに貢献した大変重要な学問ですので、商売に携わる方々は必修の学問といって良いでしょう。


小生も遅ればせながら、最近梅岩先生関連の書籍を読み漁っているところです。