【原文】
国乱れて身を殉ずるは易く、世治まって身を韲(さい)するは難し。


【訳文】
国が乱れている場合、国のために身を捧げるということは困難なことではないが、しかし国が泰平でよく治まっている場合、国のために身をこなごなにして滅私奉公するということは困難なことである。


【所感】
国が乱れている時に自分の身を国に捧げるということは難しいことでない。泰平の世の中において粉骨砕身して我が身を捧げることは難しい、と一斎先生は言います。


国が対象となるとあまりにも話が大きくなって、小生などの小人には想像の域を超えてしまいます。


そこで、少しスケールを落として、会社や家族に置き換えてみましょう。


例えば、会社が倒産の危機に瀕したとなれば、確かに小生でも自分の首を懸けて窮地を救おうと行動するかも知れません。


まして、家族の危機となれば、我が身を捨てることなど決して厭わないはずです。


ところが会社が安泰のときには立身出世や社内の評価などを気にして、粉骨砕身仕事に尽くすということは難しいでしょう。


また、日常生活においても小生などは、平日は仕事で遅くに帰宅し、休日になれば各種勉強会などに参加して、家族との会話の時間などほんの僅かという有様です。


要するに、人は誰でも、艱難辛苦に遭えば覚悟を決められるものなのでしょう。


しかし、平時においてはどうしても気持ちに隙ができてしまいます。


有名な『葉隠』の一文


武士道といふは、死ぬ事と見附けたり


とは、常に死を意識して平時の生を尽くすことを意味しています。


つまり、いつ死が訪れても、武士として恥ずかしくない死に方をすべく準備をしておくということです。


平時こそ、然るべき時に備えて、心を磨いておけ。


心が緩んだとき、いつも一斎先生は厳しくも暖かいメッセージを送ってくれます。