【原文】
余は往年、崎に遊び、崎人(きじん)の話を聞けり。曰く、「漢土には不逞(ふてい)の徒有りて、多く満州に出奔し、満より再び蕃舶(ばんぱく)に投ず。故に蕃舶中往往漢人有りて、之が耳目たり。憎む可きの甚だしきなり。今は漢満一家関門厳ならず。奈何(いかん)ともす可からず」と。此の話は徒らに聞く可きに非ず。


【訳文】
自分は昔、長崎に行った時に、長崎の人から次のような話を聞いた。「漢の国では悪い者が出ると、たいてい満州国に逃げ出し、そして満州国から外国船に乗り込むのである。それで、外国船の中には時折り中国人がいて、西洋人は彼らを何かと手先に使っている。誠に憎むべきである。今は漢国と満州国とは一家となり、関所は厳重でない。自由に出入りができるから、どうすることもできない」と。この話は聞きながすことができない。


【所感】
私は昔、長崎に寄って、長崎の人の話を聞いた。それによると、「漢の国には悪い輩がいて、多くは満州に逃走し、そして満州から外国船に乗り込む。だから外国船の中にはしばしば中国人がいて、西洋人は彼らをガイドや諜報員として使っている。大いに憎むべきことである。今は漢の国と満州国とは一家となって関所は厳重でなくなっているから、どうすることもできない」とのことであった。この話は聞き捨てならないことだ、と一斎先生は言います。


この章での一斎先生の怒りは、漢人が西洋諸国の手先となってアジア支配に手を貸していることに対して向けられているとみて良いのでしょうか?


小生はこの章を読んで、IS(イスラム国)に自ら参加している現代の若者を思い起こしました。


少し前ですが、ISに入ろうとして逮捕された日本人の若者のことが報道されていました。


西洋諸国からもISに加担している若者が多くいると聞きます。


彼らは一体、事の重大さをどれだけ認識できているのでしょうか?


多くの日本の若者は祖国である日本という国を愛せないのだそうです。


そこには日本という国が過去の歴史において悪いことをしてきたという自虐史観が影響しているのでしょう。


水際でこうした若者を取り押さえることは根本解決にはなりません。


今こそ正しい歴史教育を行ない、日本という国の素晴らしさを若者に伝えていくべきです。