【原文】
沿海の侯国皆鎮兵たれば、外冦は覬覦(きゆ)し易からず。但だ内治何如を問うのみ。内治には何の別法有らんや。謹みて祖宗の法を守り、名に循(したが)いて以て実を喪うこと勿れ。敬(つつし)みて祖宗の心を体して、安を偸(ぬす)んで危を忘るること勿れ。然る後、天変畏るるに足らず、人言懲(いまし)むるに足らず。況や区区たる鱗介(りんかい)の族に於いてをや。尚お虞(うれ)うるに足らんや。


【訳文】
沿海にある諸侯の国は、みな国家を鎮め守る所の兵軍といえる。それで、外敵も容易にうかがいのぞむことはできない。ただ国内の政治がうまく行っているかどうかが問題であるだけである。国内の政治について何か別法があるかといえば、次のような良法がある。すなわち、謹んで祖宗の遺法を守り、名にそむかず実を失うことのないようにせよ。敬(つつし)んで祖宗の精神にのっとって、一時的な安易をむさぼって危きを忘れるということのないようにせよ。しかる後は、いかなる天変地異(天地間の自然の異変)も畏れるに足らないし、人言も戒めるに足らない。まして、つまらない魚貝類にひとしい外敵などは何の恐れ憂うる所があろうか。


【所感】
沿海に臨む諸藩は、みな国家を鎮め守る国防の軍である。容易に外敵が野望を抱いて攻め込むことなどできない。ただ国内が治まっているかどうかが問われるところである。国内の政治について特別な方法があるのではない。謹んで祖宗の遺法を守り、名に従って実を失うことのないようにせよ。敬んで祖宗の精神に従って、安易に流れて、危きを忘れることのないようにせよ。そうすれば、天変地異も畏れるに足らず、他人の毀誉褒貶も戒めとするに及ばない。まして、ちっぽけな魚貝類の如き外敵などはまったく恐れるに及ばない、と一斎先生は言います。


明代の儒者であり軍人でもあった王陽明は言います。


山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し


と。


自分の心を律することに比べたら、外敵を倒すことなどた易いことだ、という意味です。


ここで、一斎先生は内治さえしっかりしていれば、外敵の侵入など恐れるに足りないとおっしゃっています。


内治とは領内の民の心をまとめる、生活を安定させることです。


統治者が日頃から私欲に溺れず、公欲を果たしているなら、有事には民が団結して国防に当たってくれるのだということでしょう。


昨日、米国第45代大統領にドナルド・トランプ氏が選出されました。


トランプ氏は選挙戦の中で、強いアメリカ経済を作り上げるとし、日本や中国に対しても厳しい態度で臨むことを表明しています。


しかし米国経済が不安定になったのは、日本や中国が原因でしょうか?


一斎先生がご指摘のように、内治が弱体化したからこそ、外敵の侵入を防ぎ切れなかったのではないでしょうか?


トランプ新大統領には、米国内の内治を精神面からも強化する諸策を講じて頂きたいと願います。