【原文】
恩怨分明なるは、君子の道に非ず。徳の報ず可きは固よりなり。怨に至っては、則ち当に自ら其の怨を致せし所以を怨むべし。


【訳文】
恩と怨(うらむ)とをはっきり分けることは、君子の取るべき所の道ではない。恩恵を受けて、これに対して報いることはいうまでもない。怨恨(うらみ)に対しては、自分がなぜ怨を受けることになったのかというその原因をよく考え反省すべきである。


【所感】
恩には恩で、怨みには怨みで報いるというのは、君子の道とはいえない。恩を受けてこれに報いることは当然である。しかし怨みについては、なぜ自分がその怨みを買うことになったのかに思いを致し、自分自身を怨むべきである、と一斎先生は言います。


常に矢印を自分に向けよ、とのメッセージです。


『論語』学而第一のなかで、孔子はこう言っています。


【原文】
子曰わく、人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり。


【訳文】
先師が言われた。
「人が自分を知ってくれなくても憂えないが、自分が人を知らないのを憂える」(伊與田覺先生訳)


本章の後半部分は、これと同趣旨だと見てよいでしょう。


他人に怨みを買うような人は、それを何度も繰り返す傾向があります。


それは、相手を批判・非難するばかりで、自分自身の問題を省みようとしないからでしょう。


営業の世界においても、売れない営業マンは買わない理由をお客様に帰してしまいがちです。


彼らは、


「あの人は興味がないそうです」

「価格が高すぎるそうです」


といったコメントを発します。


しかし売れる営業人はそうは考えません。


「なぜ興味を惹くことができなかったのだろうか」

「どうしたらこの製品の(価格に見合った)価値を認めてもらえるだろうか」


と、常に矢印を自分に向けて営業のスキルやマインドを磨きます。


だから売れるのです。


人生という舞台で自らが主役を務めたいなら、どんな事象も矢印を自分に向けて修養を積むべきです。


掛けた恩は水に流し、受けた恩は石に刻め。


この言葉は、元々は仏教の経典にあるそうですが、良く知られた言葉です。


見返りは求めない、しかし受けた恩は決して忘れない。


人生の主役を演じきるためには、これ以上のアドバイスはありません。