原文】
官に居る者は、事未だ手に到らざるときは、阪路を攀(よ)ずるが如し。歩歩艱難なるも、卻って蹉跌無し。事既に手に到れば、阪路を下るが如し。歩歩容易なるも、輒(すなわ)ち顚踣(てんばい)を致す。


【訳文】
官職にある者は、まだ事務に熟練しない間は、あたかも坂路をよじ登るように、一歩一歩困難であるが、よく注意して事務を執るから、かえって失敗がない。ところが、仕事に熟練してくると、あたかも坂路を下るように容易であるから、心もゆるんでその都度、失敗を招くから慎重にすべきである。


【所感】
官職にある者は、仕事がまだ手につかないうちは、坂道を登るようなもので、その歩みは艱難辛苦を伴うが、それだけに失敗はないものである。仕事に慣れてくると、坂道を下るように、歩みも楽になるが、それがかえって躓きとなることもある、と一斎先生は言います。


これはとても分かりやすいアドバイスですね。


たとえば車の運転などは、まさにこれが当てはまるのではないでしょうか。


初心者マークがついている頃は、右折するのもひと苦労で、慎重に周囲を見てから右折をするものですが、初心者マークが取れる頃には、ハンドルも片手で運転するようになり、周囲への配慮も疎かになって、事故を起こすというのはよく聞く話です。


仕事も同じです。


新しい仕事をする際、最初は事細かに質問をして、ミスがないように心がけますが、慣れてくると確認を怠って大きな失敗をしてしまうものです。


小生のように、医療機器の営業をしている人は、官公立の施設へ商品を納入する場合、入札制度があります。


入札における大きな失敗として、見積り額の桁を間違えるということが時々起こります。


これは聞いた話ですが、\20,000,000-と記載するところを、\2,000,000-と記載して提示してしまい、会社に\18,000,000-の損失を与えてしまったという事例がありました。(公的施設の場合、入札取り消しをすると、一年間の取引停止などとなる場合があります。)


そこで、小生は日頃から社員さんに対して、例えば上記の例であれば、日報などには、20百万円もしくは、20,000千円と表記させることを徹底しています。


2千万円といった万円表記を禁止しているのです。


これに慣れると大きな数字を読む場合でも、右からイチ、ジュウ、ヒャク、セン、マンとやらずに、瞬時に読むことができるようになります。


こういうことを品質用語では、バカヨケ(英語では fool proof)と呼称しています。


要するに凡ミスをしない仕組みをつくるということです。


もし高額のお金を扱う仕事をされている会社で、いまだに万円表記が普通の会社があるなら、参考にしてください。


さて最後に、孔子はどうしているかをみておきましょう。


【原文】
子、大廟(だいびょう)に入りて、事ごとに問う。或ひと曰わく、孰(たれ)か鄹人(すうひと)の子を禮(れい)を知ると謂うや、大廟に入りて事ごとに問う。子、之(これ)を聞きて曰わく、是(こ)れ禮なり。 (八佾第三)


【訳文】
先師がはじめて君主の先祖の廟で祭にたずさわった時、事毎に先輩に問われた。   
ある人が「誰が鄹の田舎役人の子をよく礼を弁えていると言ったのか。大廟に入って事毎に問うているではないか」と軽蔑して言った。   
先師はこれを聞いて言われた。  
「これこそが礼だ」(伊與田覺先生訳)


孔子は君主を祭る大切な祭りであれば、いつでも初心者のように確認をしながら決して失敗をしないようにすることが礼儀だとおっしゃっています。


仕事には慣れてもよいが、狎れてはいけません。