【原文】
心に勢利を忘れて、而る後に権貴(けんき)と与に語る可し。


【訳文】
心の中に、勢力や利益を得ようとする欲心を忘れ去ってはじめて、権力者や高貴な人と対等に話し合うことができる。


【所感】
心の中から権力や利得を得たいという気持ちを棄ててから、権力者や高貴な人と対等に語り合うべきだ、と一斎先生は言います。


昨日に続いて権力者や富裕者に阿(おもね)ってはいけないとの一斎先生のアドバイスです。


ちょうど今日読んだ本の中に、日本が中国の内政干渉(靖国問題など)に対して、対等な立場で反論ができないのは、常任理事国に入れてもらいたいというスケベ根性があるからだ、と書かれていました。


これが事実かどうかはわかりませんが、事実だとするなら、ここで一斎先生がご指摘のとおりではないでしょうか?


国際間の外交ですらそうなのですから、我々の日常においても同様のことは頻繁に起こっているわけです。


小生がなりわいとする営業という職業は、本来はお客様が抱えている課題を、我々が提供する商品や仕組みの提供を通じて、解決するお手伝いをすることにあります。


ところが数字に追われる営業マンはいつの間にか、商品を買ってもらうことが目的となってしまいます。


つまりお客様の課題を解決できる商品ではないものを、なんとか価格を下げて買ってもらおうとするのです。


本来、お客様と営業マンは対等の立場であるべきなのです。


それを忘れてしまうと、営業という仕事が卑屈な仕事に思えて、やりがいを失ってしまうのでしょう。


この商品を提供すれば必ずお客様の課題を解決できる、という自信が漲(みなぎ)ってれば、お客様はその商品を、いやその営業マンを択んでくれます。


何事も下心があっては成就しないということですね。