【原文】
権貴の徳は、賢士に下るに在り。賢士の徳は、権貴に驕るに在り。


【訳文】
権力者や高貴な人の守るべき徳は、賢人に対して謙遜な態度をもって教えを受けるにある。賢人の守るべき徳は、権力者や高貴な人に対して畏怖するところ無く発言するにある。


【所感】
権力者や富裕者の有すべき徳は、賢人に対して謙虚な態度をとるところにある。一方、賢人の有すべき徳は、権力者や富裕者に対して阿らないところにある、と一斎先生は言います。


昨日、一昨日からの流れです。


富や地位を得ることは、徳を積むこととは次元が違うのだ、と一斎先生は何度も繰り返しています。


ところで、後半部分の言葉はやや過激ですね。


権力者や富裕層に対してペコペコ頭をさげるな!


ということでしょう。


恐らく一斎先生は、権力者や富裕層に媚びうる似非(えせ)学者を幾人もご自身の目で見てきたのではないでしょうか。


もしかしたら昌平黌(一斎先生がトップを努めた幕府の最高学府)の門下生たちにもそんな輩がいたのかも知れません。


「お前たちは何を学んでいるのだ。もっと堂々と人と相対せよ!!」


そんな気持ちになり、思わず本章を書き留めたくなった。


あくまでも小生の勝手な推測です。


これまでに何度も取り上げていますが、中江藤樹先生の言葉に、


それ学は、人に下ることを学ぶものなり。人の父たることを学ばずして、子たることを学び、師たることを学ばずして弟子たることを学ぶ。よく人の子たるものはよく人の父となり、よく人の弟子たるものはよく人の師となる。自ら高ぶるにあらず、人より推して尊ぶなり。


とあります。


本物の学者、真の学び人は、相手が誰であろうと常に敬意をもって接するものだ、と藤樹先生は仰っているのでしょう。


その点、小生などは真の似非学び人だったと述懐し、猛省せざるを得ません。。。