【原文】
人の事を做すには、須らく其の事には就いての自ら我が量と才と力との及ぶ可きかを揆(はか)り、又事の緩急と齢の老壮とを把って相比照し、而る後に做し起すべし。然らずして、妄意手を下さば、殆ど狼狽を免れざらん。


【訳文】
人が仕事をなす場合には、その仕事が自分の度量と才能と力量で成し得る程度かどうかを計り考え、また、仕事のどこを急にすべきか、ゆっくりすべきかということと、自分の年齢の老若の程度とを比較対照し、その後に仕事に着手すべきである。そのような事をせずに、無暗に手をつけたならば、恐らく殆んど、うろたえあわてる事を免れないであろう。


【所感】
人が仕事に着手する場合、まずその仕事を成し遂げるだけの度量・才能・力量が自分自身にあるか否かをよく判断し、その上で仕事の緊急性と自分の年齢とをよく比較して、その後に着手すべきである。そうせずに、妄(みだ)りに手を付けると、必ずうろたえることになるだろう、と一斎先生は言います。


仕事の準備についてのアドバイスです。


なによりもまず、己自身をよく把握せよ、と一斎先生はご指摘されています。


そこでポイントになるのが、度量・才能・力量です。


小生なりに解釈すると、


度量:心の広さ・深さ。他人の言葉を受け入れる力。 

才能:その仕事への適正。

力量:その仕事をやり切る能力。


となります。


まずは、挑戦する仕事に対して、適正があるか、最期までやりきるだけの技量はあるか、そして真摯に他人のアドバイスを受け容れることができるか、をしっかりと判断する。


次にことの緊急性とその緊急度に対応できるだけの体力や知力が備わっているか、つまり若過ぎたり、逆に年を取り過ぎていたりしないか、を見極める。


という様に、準備段階で熟慮して、その答えがGOであるなら、あとはそのことだけに力を尽くせばよいのだ、と一斎先生は教えてくれています。


現在、小生はプライベートで『論語』の読書会である潤身読書会を主査しています。


この『論語』などの古典を語るには、ある程度の人生経験を積んでいる人間の方が、自分自身の事例を添えてお話ができる点で、20代の若者よりは優っているのではないでしょうか。


逆に何日も徹夜をしないと処理できないような仕事に、50になった人間が挑戦するのは無謀というものでしょう。


ところで小生は現在、仕事においては東は愛知県岡崎市から西は三重県四日市市までに点在する四つの営業所の統括をしており、最近では移動距離だけで月間3,000kmを超えています。


これはもしや年齢を省みない無謀な行為であり、狼狽すること必至なのかも知れません。。。