【原文】
昼夜には短長あり、而も天行には短長無し。惟だ短長無し。是(ここ)を以て能く昼夜を成す。人も亦然り。緩急は事に在り。心は則ち緩急を忘れて可なり。
【訳文】
(地球が太陽をめぐるのは、三百六十五日四分の一と数字的に定(きま)っていて、地軸が二十三度傾いているから、昼夜長短の差ができる)。それで、昼夜には長短があって、天体の運行には長短が無いといっているのである。このように、天体の運行には長短が無いからして、昼夜を成しているのである。人事もこれと同じく、物事には、ゆるやかなことと急ぐことが、宜しきを得るべきであるが、心の方は緩急とか長短とかがなく平静であれば、それでよい。
【所感】
昼夜には長短があるが、天の運行に長短はない。天の運行に長短がないからこそ、昼夜があるのである。人間もこれと同じである。緩急というのは物事にあるのであって、心は緩急を忘れていつも一定であればそれで良い、と一斎先生は言います。
この章句は哲学的であり、一見すると理解しづらい文章ですが、要するに、天の運行が一定であるからこそ、地軸の微妙な傾きによって昼と夜の長さが変わってくる。人間も心が一定に保たれていればこそ、緩急を使い分けることができるのだ、という趣旨だと理解しておきます。
昨日も記載しましたが、小生のように心が急に傾いていますと、緩を使わねばならない場面で上手に緩を使いこなせません。
逆に心が緩に傾いている人は、急を要する場面で急を使いこなせないでしょう。
心は常に冷静であればこそ、臨機応変に緩急を使い分けられるのではないでしょうか。
惑わない心を鍛えねばならない所以です。
さて、話はすこしズレますが、緩急という言葉で思い出すのが、元プロ野球選手で、オリックス・阪神で活躍した星野伸之さんです。
星野投手のストレートの球速は、130km/h程度で、通常のプロの投手からみてもかなり遅かったのですが、90km/h台のカーブと110km/h台のフォークボールを持ち球とし、緩急を見事に使い分けて打者を翻弄しました。
このため多くの強打者が、「星野投手のストレートが一番速い」、「星野さんのストレートが一番打ちにくい」と漏らしたと言います。
恐らく星野投手は球種を磨くだけでなく、心をも磨いていたのではないでしょうか。
緩急に関する余談でした。