【原文】
天道は都(すべ)て是れ吉凶悔吝(かいりん)にして易なり。人情は都て是れ国風雅頌(がじゅ)にして詩なり。政事は都て是れ訓誥誓命(くんこうせいめい)にして書なり。交際は都て是れ恭敬辞譲にして礼なり。人心は都て是れ感動和楽にして楽なり。賞罰は都て是れ抑揚褒貶にして春秋なり。即ち知る、人道は六経(りくけい)に於いて之を尽くすを。


【訳文】
天地自然の道については、総て吉と凶、悔いと恨みとが互いに交替することが書いてある『易経』に載っている通りである。人情については、諸国の民謡や朝廷での宴席の歌や宗廟祭祀の歌などが書いてある『詩経』に載っている通りである。政治の事については、人民に教え告げることや誓いや命令などが書いてある『書経』に載っている通りである。人との交際については、慎みうやまい、謙遜して人に譲ることなどの書いてある『礼記』に載っている通りである。人心については、感動したり、やわらぎを楽しんだりすることが書いてある『楽記』に載っている通りである。賞罰については、抑えたり揚げたり、誉めたりけなしたりすることが書いてある『春秋』に載っている通りである。これによって、人道はこれら六経の中に説き尽くされていることが知られる。


【所感】
天地自然の道とは、すべて吉と凶、悔いと恨みとが移り変わるものだと『易経』に記述されている。人情については、国風・大雅・小雅・頌といった『詩経』の各篇の中に見事に記述されている。政治については、伊訓・湯誥・甘誓・顧命といった『書経』の各篇の中で語りつくされている。人との交際については、慎み敬うことや人に譲ることの美徳が『礼記』の中に記載されている。人の心については、いかに感動するか、和やかに楽しむかということが『楽記』の中に記載されている。賞罰については、取り上げたり退けたり、褒めたり貶めたりすることが『春秋』の中に詳しく記述されている。つまり人の道というのは、これら六経(りっけい)の中にすべて書き尽くされているのだ、と一斎先生は言います。


南宋の朱熹が儒学の経典として四書と五経を特に重んじました。


四書とは、『論語』、『孟子』、『大学』、『中庸』の四つの書を指し、

五経とは、『易経』、『詩経』、『書経』、『礼記』、『春秋』の五つの書を指します。


かつては、『楽記』という音楽に関する書もあったようですが、今は佚書となっています。


孔子は、自分の学問のスタイルとして、


述べて作らず 


と自称しています。 


自分が取り上げることは、上記の五経のような過去の書物や教えの中から抽出して、そこに新しい命を吹き込んでいるだけだ、という意味です。(孔子の時代にはまだ四書は成立していませんし、『詩経』は孔子が編纂したもの、『春秋』は孔子が書いたものとされています。)


一斎先生も、そうした儒学の教えを踏襲して、人の問題の解決策はすべて五経の中に書き尽くされているのであるから、五経をしっかり学びさえすれば良いのだと言っています。(ここには勿論、四書も含まれると考えて良いでしょう。)


小生は、『論語』や『言志四録』を読む中で、折に触れて四書五経の該当部分を参照する程度ですが、こうした文章を読むと、より真剣に取り組んでみようという想いに駆られます。


特に、『詩経』、『書経』、『礼記』、『春秋』については、現代語訳されたものもそれほど多くはなく、ビジネスマンに役立つように解釈された書籍については、皆無に近いと言えます。


『言志四録』全1133章を読み終えた後も、引き続き一日一信を続けていくつもりですので、儒学の経典に取り組んでみるのもよいかも知れません。