【原文】
人主は最も明威を要す。徳威惟れ威なれば則ち威なるも猛ならず。徳明惟れ明なれば則ち明なるも察ならず。


【訳文】
人君たる者は聡明と威厳がなければならない。徳の具わった威厳であれば、その威厳さは猛々しくはない。徳の具わった聡明であれば、その聡明さは苛察(かさつ)ではない。


【所感】
人の上に立つ者は、明哲で威厳がなければならない。徳のある威厳は人を恐れさせても猛々しくはなく、徳のある明哲さは明哲であっても苛察(細かい点まで厳しく詮索すること)ではない、と一斎先生は言います。


『書経』周書の呂刑篇にある文章が引用されています。


【原文】
徳は威にして惟れ威、徳は明にして惟れ明


【訳文】
(舜は)徳を以て治め、これに従いて人々は徳の威によって自然と畏れ、徳の明によって自然と明らかとなった。


リーダーになる人は、聡明さと共に良い意味での畏れを与える威厳を持つべきだという教えです。


威厳といっても、かつての小生のように恐怖でメンバーをコントロールするということではなく、いわば偉大なオーラを纏うという意味でしょう。


そうした威厳、ここでいう「徳威」を身につけるには、人間学を学び、人間力を高める以外に方法はないでしょう。


まちがってもメンバーに迎合するようなリーダーとなってはいけません。


先日、ハラスメントの研修を受ける機会があり、そこで講師の方がこう教えてくれました。


叱責 + 嫌がらせ = パワーハラスメント 


叱責する相手の行為について指摘するにとどめ、決して人格に触れないことがポイントだと言います。


したがって、相手本位で叱ることは必要不可欠なことであり、叱ることをやめてしまうとメンバーは、


やる気をなくす
成長機会を失う
仕事の価値観が低下する 


という常態となり、その結果として優秀な人材が流失する可能性が高まります。


ところで、実際問題として、ハラスメントは相手がどう受け取るかで100%決まってしまいます。


その研修以降、正しく叱るにはどうすれば良いのかとずっと考えてきたのですが、本章を読んで、その答えのひとつが見えました。


その答えとは、「徳威」を身につけることです。