【原文】
漢土三代已後(いご)、封建変じて郡県と為る。是を以て其の治概ね久しきこと能わず。偶々(たまたま)晋史を読む。史臣謂う、「国の藩屛有るは猶お川を済(わた)るに舟楫(しゅうい)有るがごとし、安危成敗、義実に相資(そうし)す。藩屛式(も)って固くば、乱何を以て階を成さん」と。其の言是の如し。而も勢変ずる能わざる、独り西土のみならず、万国皆然り。邦人何ぞ其の大幸(だいこう)を忘れんや。


【訳文】
中国では夏・殷・周三代以後から封建制度が変って郡県制度になった。それで其の政治は大体久しく保つことができなかった。偶然『晋書』を読んだが、史官の言に「国に諸侯があるのは、あたかも川を渡るに舟が必要であるようなもので、安・危も成・敗も諸侯が相共に助け合っていくわけであって、諸侯の守護が堅固であれば、乱が起ることはあり得ない」とある。誠にその通りといえる。時の勢いで(封建制に)変ることができないのは、ただ独り中国だけではなく、世界の各国が皆そうであるが、わが国はまだ封建制度のままである。わが国民はこの大きな幸いを忘れてはいけない。


【所感】
支那においては、夏・殷・周の三代以後、封建制度が変化して郡県制度となった。それからは長らく治世を保つことがむずかしくなった。たまたま『晋書』を読んだが、史官の言葉に「国に諸侯があるのは、川を渡るのに舟が必要であるようなもので、平安か危機か、事が成るか敗れるかは封建の義に深くかかわっているのである。諸侯の守護が堅固であれば、どうして乱の兆しが生じようか」とある。誠にその通りであろう。それにもかかわらず情勢として封建制に変わることができないのは、ただ支那だけではなく、世界の各国が皆同様である。わが国民は(未だに封建制度が守られているという)この大きな幸いを忘れてはいけない、と一斎先生は言います。


この文章は時代を感じます。


確かに、江戸幕府が260年以上も続いた主要な要因のひとつに封建制度による厳格な身分制度があったことは事実でしょう。


ちょうど、みやざき中央新聞の最新号(2723号)には、武士道と江戸時代の泰平についての記載があり、あわせて読むと本章の理解に役立ち、勉強になります。


本来は武人である侍が為政者の側に立ち、文を究めたところに、江戸の泰平があったのでしょう。


実話かどうかは定かではありませんが、『徳川実紀』には家康が、


今までは馬上によりて天下を治めたけれども、今後は文によりて治める。


と言ったとされています。


厳格な封建制度に加えて、林羅山を登用して、儒学を文の中心としたところに家康の先見の明を感じて驚嘆します。


その後、日本は西欧列国に屈して開国し、それによって一見庶民は自由を得たかに感じますが、現代の日本の国民が江戸時代の庶民に比べて幸せだと誰が断言できるでしょうか?