【原文】
人事には、外変ぜずして内変ずる者之れ有り。名変ぜずして実変ずる者之れ有り。政に従う者は、宜しく名に因りて以て其の実を責め、外に就きて以て諸を内に求むべし。可なり。


【訳文】
人間社会における物事には、外見は別に変化がないけれども、内容は変化しているものがある。また、名目は変化してはいないけれども、実質が変化しているものがある。政治を担当する者は、名目によって実質がどうであるかを責めたり、または外見についてもその内容がどうであるかを調べるのがよい。


【所感】
世間のことは、外見は変わらないが内面が変化しているものがある。また名目は変わらないが、実質は変化しているものもある。政治を執る者は、名目を頼りにしつつその実質を把握し、外面だけでなく内面がどうなっているかをつかまなければならない、と一斎先生は言います。


外面と内面、名目と実質との違いをしっかりとつかんで、正しい判断をすべきという教えです。


しかし、これは言うは易し、行うは難しといえることでしょう。


あの孔子でさえ、時には判断を誤ることがあったと『史記』の仲尼弟子列伝に記載があります。


【原文】
澹臺滅明(たんだいめつめい)は武城(ぶじょう)の人。字は子羽(しう)。孔子よりも少(わか)きこと三十九歳。状貌(じょうぼう)甚だ悪(みにく)し。孔子に事へんと欲す。孔子以為(おもへ)らく材薄しと。既に已に業を受け、退きて行ひを修む。行くに徑(こみち)に由らず、公事に非ざれば卿大夫を見ず。南に遊びて江(こう)に至る。弟子三百人を従へ、取予去就(しゅよきょしゅう)を設く。名、諸侯に施く。孔子之を聞きて曰く、吾、言を以て人を取り、之を宰予(さいよ)に失す。貌を以て人を取り、之を子羽に失す、と。


【訳文】
澹台滅明は武城の人である。字は子羽という。孔子より三十九歳年少で、容貌がひじょうに醜くかった。彼は孔子に仕えようとしたが、孔子は才能に乏しいと評価した。彼は孔子より学問を習うと、退いて、修行に励んだ。歩く時は、近道を通らず、公務でなければ、上司に会わなかった。彼は南方の呉に行き、弟子三百人をひきつれ、出処進退を説き、諸侯の間で名声が高かった。孔子はそれを伝え聞くと言った。「私は、言葉で人を評価し、宰予で失敗した。貌で人を評価し、子羽で失敗した。」(論語普及会篇 論語講師用副読本より)


つまり、宰予(宰我)の言葉の巧みさを見誤って、彼を高く評価するという失敗を犯し、澹台滅明の外見だけで判断して、彼を評価しないという失敗を犯した、というのです。


弟子3,000人を抱えた孔子ですら、こうした過ちがあるのですから、一般の人においておや、というところです。


先日も記載しましたが、仁者と呼ばれるような本当に徳の高い人というのは、一見すると馬鹿にみえてしまうのです。


特にリーダーと呼ばれる人は、言葉より行動、外見より内面(志や使命感)に目をむけ、社内における人材登用や社外のパートナー選びを行わなければなりません。


その上で、もう一点、この章句から学ぶべきことは、変化を正しく捉えるということです。


かつて優秀だったメンバーも学び続けなければ、結果を出し続けることはできません。


また、かつては問題社員だった人材でも、心を入れ替えれば、必ず成長し、結果を出すことができます。


リーダーは、メンバーの昔のイメージに固執して、行動や心の変化を見誤ることがないようにすべきだ、と一斎先生は教えてくれます。