【原文】
凡そ郡官県令たる者は、民に父母たるの職なり。宜しく憫恤(びんじゅつ)を以て先と為し公平を以て要と為すべし。委曲詳細に至りては、則ち之を属吏に付して可なり。故に又属吏を精選するを以て先務と為す。


【訳文】
だいたい郡や県の長官である者は、民の父母ともいえる職分にある。それで、憐み恵む心を先にして公平無私であることが大切である。細々した事は、これを下役の者にまかせておいてよい。故にまた、その点からすると、下役の者をよく選ぶことは大切な務めとなる。


【所感】
総じて郡や県の長官である者は、民に対して父母のように接する職分にある。憐れみ恵むことを優先して公平に対処することが肝要である。細かい具体的な事項については、部下の官吏に任せてもよい。したがって、どういう部下を登用するかが重要な任務でもある、と一斎先生は言います。


企業においても、部長職くらいになりますと、若手社員さんは自分の息子や娘とさほど変わらない年齢となります。


しかし本章からは、リーダーの立場にある人は、年齢を忘れてすべての部下に対し、自分の子供を育てるようなつもりで接すべきだ、ということを教えられます。


小生もかつて社員さんの指導において、厳しく追い込み過ぎていました。


深く恥じ入ります。


その社員さんの親御さんからすれば、自分の息子が厳しく叱責されているシーンを見ることはなにより辛いことでしょう。


自分の子供だと思えば、ある程度は短所に目をつむり、長所を伸ばす指導ができるはずですね。


また、上位のマネジメント職にあるリーダーは、あまり細かいことに立ち入らず、下位職にあるマネジメントに権限を委譲することが重要であり、そこで重要なのが人材抜擢だと一斎先生は言います。


では、どういう人を登用すべきかですが、これについてはやはり西郷隆盛公の言葉に勝るものはないでしょう。


西郷さんは、こう言っています。


いかに会社にとって功績がある社員さんであても、その役職に適当でない人を管理職に登用することは大きな誤りである。管理職については人格者を選んで登用し、功績があった者にはそれを表彰して給与面等の処遇で応えるべきである。これが官吏職には徳のある人を配し、功績のあった人には金銭的処遇で報いるということの意味である。(小生意訳)


仁者、つまり人格者は自己主張をしませんので、目立ちません。


しかし、探せば組織の中に徳のある人は居るものです。


そういう人を登用するには、やはりリーダーもそれなりの人格者である必要がありますね。