【原文】
親民の職は尤も宜しく恒有る者を択ぶべし。若し才有って徳無くんば、必ず醇俗(じゅんぞく)を敗らん。後に善有りと雖も、而も之を反すこと能わず。


【訳文】
人民に親しむ(人民を治める)職というものは、道を守って常に変わらぬ心を持っている人を選ぶがよい。もしも才能があっても人徳が具わっていなければ、必ず人情の厚いよい風俗を破ることになるであろう。こういう状態になっては、その後任に善い人物が来ても、もとの善美な風俗にもどすことは難しい。


【所感】
部下である社員さんをマネジメントするポジションには、常に道を守ってぶれない軸を持っている人間を登用すべきである。もしも、才能があっても徳のない者を当てれば、必ず人情味のある良い風俗を壊すことになるであろう。その後に立派な人間を用いても、そう簡単に組織は元にはもどらないものだ、と一斎先生は言います。


プロ野球の世界の格言に、名選手必ずしも名監督ならず、というのがありますが、

かつて世界のホームラン王、王貞治さんも読売巨人軍で監督として初めて指揮を執ったときには、大いに苦労しました。

しかし、さすがは王さん。

福岡ダイエー・ホークスの監督となったときには、選手との距離感をぐっと縮めて、ベンチでもいつもにこやかに、時には派手なガッツポーズまでするなど、監督としてのスタイルを180度転換して、名指揮官になりました。


さて、仏の西(ほとけのさい)さんと呼ばれた営業1課の西郷課長が3月で定年を迎えます。


そこで、今日は朝から後任の課長を誰にするかを決める会議が開かれているようです。


出席者は、営業部の佐藤部長、営業1課の西郷課長、2課の神坂課長、特販課の大累課長、総務部の西村部長、総務課の大竹課長、人事課の鈴木課長の7名。


いつものように口火を切るのは神坂課長です。


「営業成績を見れば、清水君が飛び抜けているじゃないですか! 社歴も長いし、年齢から見ても問題ないですよね、西さん?」


「まあ、そうですが・・・」
西郷課長は煮え切らない表情を浮かべています。


「なにか問題でもあるのですか?」と大竹課長。


「彼はたしかに営業1課のトップセールスですが、これまでに彼の下についた若手社員さんを次々に辞めさせていますね」と人事課の鈴木課長。


「しかし、やはり営業部は売り上げを上げてなんぼでしょう。それを言うなら私も何人か辞めさせてますしね」


「神坂君、それは自慢することじゃないだろう」


「いや、西村さん、別に自慢してるわけではないですが。。。すみません」


「西さんは誰を後任にしたいと考えているのですか?」


「西村部長、私は新美君を推したいと考えています」


「新美君ですって! 彼の成績を見てください。今年度は売上計画を達成できていないんですよ!」
神坂課長は呆れ顔です。


「成績だけをみればその通りです。しかし、彼にはウチの課のメンバーが皆一目置いているんです。若手の育成もしっかりとやってくれています」


「社歴も年齢も清水君よりは下ではないの?」


「西村部長、そうなんです。新美君は34歳、年齢も社歴も清水君よりひとつ下です」


「清水君のモチベーションは大丈夫かな?」と大累課長は心配顔です。


そのときです。
今までニコニコしながら討議を聞いていた佐藤部長がはじめて言葉を発しました。


「人の上に立つ者を選ぶときは、才能よりも徳のある人を選びなさいと一斎先生は言っているんだ。一度心がバラバラになった組織は、どんな立派な人でもそう簡単には元に戻せないと」


「またかよ」と神坂課長は心の中でつぶやきます。


「せっかく西さんが築いてきた人情味ある組織を壊すことには、私は反対だな。それにウチは成績連動の給与体系をとっているから、清水君には報酬でしっかり処遇すれば良いだろう」


この佐藤部長の言葉によって大勢が決しました。


決議の結果、6対1で新美さんの課長昇進が内定。


「本当にこれで良いのか?」
唯一反対した神坂課長は、憮然とした表情で会議室を後にしたそうです。


編集後記

昨日からリニューアルした「一日一斎」ですが、お陰様で多くの方から、「今までよりも腹落ちする」、「忘れにくくなる」などのコメントをいただき、概ね好評のようです。

どんな物語が展開されるのかは、実は小生にもわかりません。

ところで、神坂課長が今回の人事に納得がいかないようで、今後が心配です。