【原文】
国の本は民に在り、人主之を知る。家の本は身に在り、人主或いは知らず。国の本の民に在るを知りて之を民に刻責し、家の本の身に在るを知らずして自ら奢侈を極む。故に益々之を民に責む。国の本既に殪(たお)れなば、其れ之を如何せん。察すること無かる可けんや。〔『言志耋録』第280条〕


【訳文】
「国家の本は民にある」ということは、人主は知っているが、「家の本は身にある」ということは人主が知らないことがある。国家の本が民にあることを知りながら、民をむごく責めたてたり、家の本が人主自身の身にあることを知らずに、自ら贅沢を極める。自ら贅沢をするから、ますます民に対し重税を課して責める。国家の本である人民が倒れてしまったら、どうしようもない。この点を人主は十分考えなくてはいけない。


【所感】
会社の根本は社員さんにあるということについては、トップは理解している。しかし、家の根本が自分の身に懸かっているということを理解していないトップは多い。会社の財産が社員さんであることを知りながら、社員さんを責め立てたり、家の根本は我が身にあることを知らずに、贅沢な生活をしている。そしてさらに贅沢を極めるために、益々社員さんを酷使する。会社の大本である社員さんが居なくなってしまったら、どうすることもできない。トップにあるものは、この点をよくよく察しなければならない、と一斎先生は言います。


・F・ケネディ 第35代アメリカ大統領が、尊敬する日本人として挙げたのが米沢藩主だった上杉鷹山公だという話は有名ですね。

その上杉鷹山公が息子の治広公に国を譲る際に贈ったのが、『伝国の辞』です。

その中に、こんな名言があります。

国家人民のために存在し行動するのが君主であって、君主のために存在し行動する国家人民ではない。

つまり、会社や社員さんのために存在するのがリーダーであり、リーダーのために会社や社員さんが存在するわけではない!ということです。


神坂課長、今日は会社からの指示で外部のマネジメント研修に参加しているようです。


「皆さんは、部下である社員さん一人ひとりに感謝をしていますか?


冒頭から、ここのところずっと神坂課長が自問自答しているテーマが突きつけられます。


「部下の社員さんは、皆さんの思い通りにはなりません。
会社は、社員さん一人ひとりの自己実現の場でしかないのです」


講師の先生は畳み掛けます。


「社員さんの夢の実現を手助けすることこそが、皆さんの重要な仕事のひとつなのです!」


「鈴木、ちょっと付き合ってくれないか?」


研修後、神坂課長は一緒に研修に参加していた人事課の鈴木課長を夕飯に誘ったようです。


「なんだ神坂、神妙な顔をして」


「お前は、部下の社員さんに感謝しているのか?」


「ははは、神坂らしくないな。
うーん、ストレートに感謝の気持ちを伝えているかと言われるとノーだな。」


「だよな」


「ただ、俺は人事の仕事をしているから特に思うのかも知れないが、会社は社員さんがあってこその会社だと思っている」


「それは、そうだろうけど・・・」


「せっかく縁あってウチの会社に入社してくれたんだから、ここで骨を埋めるつもりで頑張って欲しいなと思う」


「なあ、鈴木、同期のお前だからこんなこと言うんだけど、俺は営業は数字を上げてなんぼだと思ってる。ウチは商社で、モノを創ることはできないから、とにかく売上を上げないと会社として存続できないじゃないか」


「もちろんだよ」


「だからな、売上計画を達成できないような社員さんに感謝するなんて、俺には無理だよ!」


「それは逆なんじゃないか?
俺は、営業のことは畑違いでよくわからないが、お前のメンバーへの感謝が足りないから、売上が上がらないと理解することはできないのか?」


「そ、それは・・・」


「さっき、講師の先生が言ってたじゃないか。会社は社員さんの自己実現の場だって。
お前は、自分の評価を上げたいというだけの理由で、メンバーを厳しく追及しているんじゃないか? 彼らの幸せについて考えたことがあるか?」


「・・・」


「ごめん、言い過ぎたかも知れない。
去年、お前の部下だった後藤君が辞めただろう」


「ああ、後藤な。あいつはセンスが良かったんだけどな」


「このタイミングだから言うけど、後藤君が最後にこんなことを言ってたよ。
『私は神坂さんを営業マンとしては大尊敬しています。でも、人間としては尊敬できませんでした』ってな」


「それと俺の感謝の気持ちと何か関係があるのか?」


「すまん、よくわからない。ただ、何か関係があるような気がするんだ」


深夜に帰宅した神坂課長は、ベッドに入ってからもしばらく眠れなかったようです。


編集後記

さすがは同期といいましょうか、あそこまでストレートに神坂課長に意見を言えるのは鈴木課長しかいませんね。

実は、あの鈴木課長の言葉は、過去の小生へのメッセージでもあるのです。

いずれにしても、企業のトップも組織のリーダーも、社員さんや組織のメンバーが居てこそ存在できるのですから、常に感謝することを忘れてはいけませんね。

なお、原文の解釈に忠実なエピソードにはなっていないことをご容赦ください。

一日一斎ストーリー篇では、いわゆる断章取義(※)的な捉え方をしています。

※断章取義:書物や詩を引用するときなどに、その一部だけを取り出して自分の都合のいいように解釈すること。


osadame15