【原文】
古書画は皆古人精神の寓する所にして、書尤も心画たり。此(これ)に対すれば、人をして敬を起して追慕せしむ。宜しく時時之を展覧すべし。亦心を養うの一たり。〔『言志耋録』第281条〕


【訳文】
古い書や画は総て古人の精神が宿っているもので、特に書は精神をうつした画といえる。それで、これに向っていると、見ている人をして自然に尊敬の念を起させて、その人を追い慕うようにせしめる。時折り古人の書や画をひろげて見るがよい。そうすることも、精神修養の一助となる。


【所感】
古い書や絵画には、総じて昔の人の精神が宿っているものであるが、なかでも書にはもっとも心が描き出されているものだ。それを鑑賞していると、自然と尊敬の念が生じ、古人を慕う気持ちになる。時々そうした書画を鑑賞すべきである。それがまた、心を養うことになるのだ、と一斎先生は言います。


先日、小生が共同企画者として参加している「歴史好きが偉人を語る会」終了後、コーディネーターの中田さんが参加者を、愛知県岡崎市にある瀧山寺に連れていってくれました。

瀧山寺では、山田住職自らが境内をご案内してくださり、瀧山寺には愛知県で唯一の運慶作の仏像(通称:運慶仏)である、聖観音菩薩立像があることを知りました。

ただ、残念ながら、東京国立博物館で運慶展が開催されており、肝心の聖観音菩薩立像は上野に移動していために、直接観ることができませんでした。

ところが幸いなことに、その1週間後に東京に行く予定があったので、急遽予定を変更して、仕事終わりに国立博物館を訪れ、聖観音菩薩立像をじっくりと鑑賞できたのです。

お目当ての仏像を含め、圧倒的な数の運慶仏を目の前にして、小生は心を奪われました。

それ以来、小生は毎月一回、東海地方や関西地方の神社仏閣や仏像の鑑賞を続けています。


今日は、石崎君が運転する車の助手席に神坂課長が座っています。


石崎君が内視鏡システムを販売したSNクリニックさんに、上司同行でお礼に伺った帰りの車中のようです。


「最近、本田君が元気がないようにみえるんだけど、石崎君何か知ってる?」


「私から聞いたってことは言わないでくださいね。
実は最近、日々数字に追われることに疑問を感じ始めて、モチベーションが上がらないらしいんです」


「おいおい、それは深刻だな。
ここでエースに抜けられたら、営業2課だけの損失に留まらないぞ」


「そのときは、僕がいるじゃないですか」


「僕じゃないだろ、私だろ」


「・・・(ペロ)」


その翌日のできごとです。


「本田君、今日はノー残業デーだし、終業後にちょっと付き合ってくれないか?」


「佐藤部長、私はお酒はダメですよ」


「ははは、わかってるよ。そもそも私も下戸だよ」


「そうでしたね。(笑)」


本田さんが佐藤部長に連れて来られたのは、N市立美術館です。


「日々、営業の世界で世俗にまみれていると、どうしても心をすり減らしてしまうものだよね」


「え? は、はい」
本田さんは、まるで佐藤部長に心を見透かされているような気がしています。


「だからね、月に一度は本物に触れると良いよ」


「本物ですか?」


「そう、書画などの美術品、映画や演劇、あるいは寺院や仏像を鑑賞するのもいいかも知れないね」


「なるほど」


「この書は、私が敬愛する佐藤一斎先生の自筆の書なんだよ」


「ああ、あの佐藤一斎先生の自筆なんですか? すごいなぁ」


これは『霊亀』と書かれている書で、通常は東京国立博物館に所蔵されているんだけど、ちょうどN市立美術館に来ていると聞いたので、観に来たかったんだ。


「迫力のある文字ですね」


「そうだろう。一斎先生、七十四歳のときの書だよ。私は、こういう美術品を観ていると、心が落ち着き、魂の活力が戻ってくる気がするんだ」


「確かに、静かな空間で美術品を観ていると、心が潤うような気がします」


「実は、この『本物に触れる』というのは、私が師と仰ぐ人から教えられたことなんだけどね。私は時間があると、美術館や神社仏閣を訪れて英気を養っているんだよ」


「正直に言いますと、最近、このままこの仕事を続けていて良いのだろうか?なんて考えることがよくあるんです」


「私たちの仕事は、人々の健康と幸せを守るお手伝いをするという、とても大切な仕事だよね。自信をもって一生を捧げるに足る仕事だと、私は思っているよ」


「部長、ありがとうございます。ちょっと魂に活力が戻った気がします。そこで、ひとつ相談があるのですが?」


「なに?」


「今日はこのまま独りで美術品を鑑賞させてもらっても良いですか?」


「この後、食事をご馳走しようかと思ってたんだけどな」


「ありがとうございます。次回はぜひ、お願いします」


その後、佐藤部長は行きつけの小料理屋さんに行ったようです。


「それで、本田君の代りに私を呼んだということですか?」
隣に座っているのは神坂課長のようです。


「本田君の件を報告したかったからさ」


「部長、私は敗戦処理の投手じゃないんですから!」


「わかってるよ。君は大事な代打の切り札だ!」


「それ、喜んでいいんですかね?」


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