【原文】
色の清き者は観る可く、声の清き者は聴く可く、水の清き者は漱(くちすす)ぐ可く、風の清き者は当たる可く、味の清き者は嗜む可く、臭(におい)の清き者は嗅ぐ可し。凡そ清き者は皆以て吾が心を洗うに足る。〔『言志耋録』第282条〕


【訳文】
色の清らかなものは観るのによいし、声の清らかなものは聴くのによいし、水の清らかなものは口をゆすぐのによいし、風の清らかなものは吹かれるのによいし、味の清らかなものは好むによいし、香りの清らかなものは嗅ぐのによい。このように、総て清らかなものは、われわれの心を洗い清めるに足る。


【所感】
清らかな色彩を鑑賞し、清らかな音を聴き、清らかな水を飲んで口を潤し、清らかな風に触れて、清らかな食事を楽しみ、清らかな香りを嗅ぐのは、とても良いことである。すべて清らかなものを五感で感じると心が洗われる思いがするものだ、と一斎先生は言います。


今から15年以上前のことです。

当時、小生、四国松山で営業所長をしていました。

ある日新聞で、愛媛県美術館に唐招提寺の鑑真和上の仏像が展示されていることを知りました。

この鑑真像は、唐招提寺では毎年6月の数日間しか開陳されない貴重な秘仏なのです。

そこで、営業所のメンバー数人を誘って鑑真像を拝観しました。

すぐ目の前で観る鑑真像の姿に、小生はまったく動けなくなったことを思い出します。

まるで祈りを捧げているかのようで、この仏像は生きていると感じました。

後にも先にも美術品を観て、あれほどの衝撃を受けたことはありません。

業務時間内に仕事をサボって拝観したのですが、それはもう時効ということで。


営業2課の本田さん、今日は新人の石崎君を連れてオペラ鑑賞に来ているようです。


「本田さん、なんですか、これ。面白さがまったくわかりません」


「静かに! 黙って、目を瞑って、心で聴いてみろ」


「本田さん、いつからこんな趣味があったんですか?」


「いや、俺も初めて来た」


「えーっ、初めて? それで後輩連れてきます、普通?」


「いいじゃないか、俺の奢りなんだから」


「どうせ奢りなら、旨いものを食べさせてくださいよ!」


「じゃあ、この後うなぎはどうだ?」


「おっ、いいですね。仕方ない、うなぎのために我慢するか」


オペラ鑑賞を終えて、ふたりは老舗の鰻屋さんで、ひつまぶしを食べているようです。


「いやぁ、これは美味い!」


「ここのうなぎは、タレの味が絶妙で、くどくないんだよ。清らかな味とでも言うのかな」


「ひつまぶしに清らかな味があるかどうかは知りませんが、とにかく美味いです。時間を無駄にした甲斐がありました」


「お前、ストレートだね。神坂課長みたいだな」


「あのおっさんと一緒にするのは勘弁してくださいよ。
ところで本田さん、急にオペラとはどうしたんですか?」


「この前な、突然佐藤部長に美術館に連れて行かれてさ。そこで本物に触れることに目覚めたんだ」 


「本物ですか?」


「佐藤部長が、いつもの佐藤一斎先生の言葉として教えてくれたんだけど、『清らかなものを五感で感じると心が洗われる』というのがあるらしいんだ」


「清らかなものですか?」


「まあ、お前はまだストレスなんかまったく感じていないから、わからないだろうな」


「失礼ですね、私だってそれなりには・・・」


「無理に探さなくていいよ」


「ああ、それで、美術館では清らかなものを視覚で感じたから、今度はオペラを聴いて聴覚で感じ、最後にうなぎを食べて味覚で感じようと考えた、ということですね」


「まあ、そう単純なことでもないけどさ」


「そういえば、ラストシーンで本田さん、泣いてましたよね」


「泣いてねぇよ。男はそう簡単に人前で涙をみせるもんじゃないよ」


「それ、よく神坂課長が言ってるセリフじゃないですか!」


「おい、あのおっさんと一緒にするのだけは、勘弁してくれよ!!」



tosca_2018_educational_main