【原文】
人は皆往年の既に去るを忘れて、次年の未だ来らざるを図り、前日の已に過ぐるを舎てて、後日の将に至らんとするを慮る。是(ここ)を以て百事苟且(こうしょ)、終日齷齪(あくさく)して以て老死に至る。嘆ず可きなり。故に人は宜しく少壮の時に困苦有り艱難有るを回顧して、以て今の安逸なるを知るべし。是れ之を自ら本分を知ると謂う。〔『言志耋録』第284条〕


【訳文】
人はみな既に過ぎ去った年のことを忘れてしまって、まだやって来ない翌年のことを考えて計画し、また過ぎ去った前日のことを捨てておいて、これから来ようとする後日のことについて心配する。それで、万事いい加減になって、一日中こせこせして、ついに年をとって死んでしまうことは誠に嘆かわしいことである。それ故に、人は若い頃の苦しみ悩んだことを思い出して、現在安らかに楽しんでいられることの有難さをよく知るがよい。これを自分で自分の身のほどを知るということである。


【所感】
人間という生き物は誰でも、過ぎ去った年のことは忘れて、これからやってくる翌年のことを考え、昨日のことを真摯に顧みることをせずに、来てもいない明日のことを心配する。そなことだから、万事をいい加減に処理し、小事にこだわった挙句、やがて老いて死んでいくことになるのだ。なんと哀しいことではないか。それ故に、人間は若い頃の苦しみや辛い出来事をよく振り返って、今現在が平穏無事であることに感謝をすべきだ。これこそが自分に与えられた本分を尽くすということなのだ、と一斎先生は言います。


昔、中国の杞(き)という国に、ある心配性の男が住んでいました。

彼は日々、いつか空が落ちてくるのではないか? いつか地面が崩れ落ちてしまうのではないか? と心配していました。

もし、そうなったら一体自分はどこに身を置けば良いのか?

そう考えると、夜も眠れず、食事も喉を通らない有様だったそうです。

最終的には、彼を心配する賢者から、そんなことはあり得ないことだという説明を聞いて、彼は安心し大いに喜んだとのことです。

これは中国の老荘系の古典『列子』にある故事です。

ここから、「杞憂」という言葉が生れています。

あまりにも馬鹿げた心配をすることを指す言葉として、「杞憂に終わる」といった言い回しで今も使われていますよね。

しかし、自分の胸に手を当ててみると、実は小生も同じような馬鹿げた心配をしていることに気づかされます。。。


「おい、善久(ぜんきゅう)、いつまで凹んでるんだ!!」


「神坂課長、すみません。あんな低レベルな失敗をしてしまって、情けないです」


「まだ先週のミスのことでウジウジ悩んでいるのか?」


「あのとき先方に再度納期を確認しておけば、納品日を間違えるなんて最低の失敗をしなくて済んだんです。なんで確認しなかったんだろう。なんて俺はダメ営業マンなんだ!!」


「結局、当日のうちに納品できたんだから、いいじゃないか」


「でも、これで私の信頼は地に落ちました。今後、今まで通りのお付き合いをしてもらえるかどうか不安で仕方がありません」


「なあ、善久。過去のミスをいくら悔やんだところで、もうその時に戻ることはできないだろう。だったら、そのミスを今後の営業人生に活かすことを考えればいいじゃないか」


「しかし・・・」


「それにな、今後どうお付き合いしてもらえるかを心配したところで、それは君が決められることじゃないだろう。それはお客様が考えることだよ。君にできることは、その反応に対してどう対処するかではないか? そんなことは、その時になってから考えればいいんだよ」


「・・・」


「いいか、過去をいくら悔やんでも、未来をいくら憂いても、君が成長できるわけではないだろう?」


「それは、そうですが・・・」


「必要なことは、『いまここで何ができるかだ!」


「いまここ?」


「だいだい、君は『失敗』という言葉を使ったよな。俺は、今回の件を君の失敗だとは思っていない。ミスをひとつしただけだ」


「失敗とミスとはどう違うんですか?」


「失敗というのは、もう駄目だと諦めてしまうことだ。つまり今回の件で、君がJS医院さんへの営業活動をやめてしまえば、それは失敗になる」


「そんなつもりはありません!」


「そうだろう。君が営業活動でミスをしたのは事実だ。しかし、それを次に活かして、JS医院さんのお困りごとの解決に今以上に取り組めば、それは失敗とは呼ばないんだ」


「私はミスをしただけで、失敗をしたわけではないのか?」


「そうだよ。君の営業人生は今年始まったばかりだ。どんどんミスをして、成長してくれればいいんだ。その尻拭いをするのが上司である私の責任であり、役割でもあるんだ」


「神坂課長、ありがとうございます」


「俺はな、善久。これまでの営業人生で山ほどミスをしてきた。時には教授の逆鱗に触れて、N市立大学病院への出入りを禁止されたこともある」


「神坂課長がですか?」


「俺は君のように慎重に事を進めることが苦手なタイプだから、そんなことも一度や二度ではないよ。これまで会社に相当の迷惑をかけてきた」


「そんなことは・・・」


「でもな、諦めることだけはしなかった。ミスから必ず教訓を見つけて次に活かすことを考え続けてきた」


「ミスを教訓に・・・」


「その教授のところにも許してもらえるまで通い続けた。結局、3ヶ月間毎日通って、ようやく許されたよ。(笑)」


「3ケ月間、毎日ですか?」


「今になって振り返ってみると、その当時は最悪だと思っていた出来事が、実は自分の成長のスタートラインであり、活力源であったと思えるようになった」


「最悪の出来事が成長のスタートライン?」


善久、決して、諦めるな! 諦めなければ、君の営業人生は必ず輝くはずだ!!」


「神坂課長、ありがとうございます。目が覚めました! 今からもう一度、JS医院の院長先生にお詫びと今後の対策を報告しに行ってきます」


「もう20:00だぞ?」


「あそこは、患者さんで溢れかえっているので、この時間でもまだ診察中なはずです。今からでも院長に会えるかも知れません。いや、会えるまで待ち続けてみます!」


編集後記

過去と自分は変えられない、と言われます。

しかし、視点を変えることで、過去の意味づけを変えることはできます。

が見ても100%善、100%悪というものはあり得ないのではないでしょうか?

常に矢印を自分に向けて、ポジティブな視点で物事を観る習慣を持つことができれば、どんな出来事も必ず自分自身の成長につなげることができるのかも知れません。



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