【原文】
身には老少有りて心には老少無し。気には老少有りて理には老少無し。須らく能く老少無きの心を執りて、以て老少無きの理を体すべし。〔『言志耋録』第283条〕


【訳文】
人間の身体には老い(衰え)と若さの別があっても、心には老少は無い。元気には老いと若さの別があっても、天賦の理性には老少は無い。老いとか若さとかということの無い心をもって、老少の無い万古不易の道理というものを体得すべきである。


【所感】
人間の身体には若さと老いという区別はあるが、人間の心には老いも若きもない。同様に、気というものには老いと若さの別があるが、天から生じる理には老いも若きもない。なにごとも、老いも若きもない心を活用して、老いも若きもない道理を実践すべきである、と一斎先生は言います。


昨年(2017年)9月~12月にかけて、首相官邸において人生100年時代構想会議が4度開催されてきました。

いよいよ日本人も平均寿命が100歳を超える時代を迎えるのでしょうか? 

そうだとすると、51歳の小生など、ようやく人生の折り返し地点を過ぎたばかりということになります。

かつて、元東京都知事の尾崎行雄さんは、70歳を超えて「人生の本舞台は常に将来にあり」と言ったそうです。

これからは、60代、70代の人たちが活き活きと働く時代を迎えるのだとすれば、まだまだ、自分自身を「初老」だなどと言って、心に老いを生じ、行動を制限していてはいけませんね。


「サイさん、定年後はどうされるんですか? 会社には残らないって聞いたんですが」 


営業1課の西郷課長と2課の神坂課長、それに総務課の大竹課長の3人でランチをとっている最中のようです。


「そうなんだよ。ちょっとやりたいことがあってね」


「サイさん、60歳起業をするらしいぞ」


「タケさん、相変わらず情報通ですね。だけど、本人が目の前にいるんですから、本人から聞きますよ!」


「そりゃ、そうだな。(笑)」


「実はね、5年くらい前から『論語』を勉強していてね。東京、名古屋、大阪で月に一回程度、『論語』の読書会を開催しているんだよ」


「『論語』ですか?」


「タケさんも、毎回参加してくれているんだよ」


「サイさんのテキストはなかなか凄いんだよ。『論語』の解説本を30冊以上読み込んで、ひとつひとつの章句を多角的に解説してくれるんだ」


「普段の生活や仕事に活かせるものなのですか?」


「もちろん参加者の受け取り方次第だろうけど、俺は公私共にかなり勉強になってるよ」


「タケさん、ありがとう。私はね、孔子という人物は偉大なリーダーだと思っているんだ」


「孔子が偉大なリーダー?」


「だから、『論語』を学ぶとマネジメントの勉強になるし、『論語』はリーダーシップの教科書だとさえ思っているんだ」


「それで、『論語』と起業とはどうつながるのですか?」


「『論語』をマネジメントに取り入れた研修やコンサルティングをやっていくつもりなんだよ」


「ニーズはあるんですか?」


「『論語』には、宇宙の摂理が書かれているんだ。だからこそ、万古不易で二千五百年以上読み継がれてきたのだろうと思う」


「なんか難しくなってきましたね」


「その難しいことを深く、深いことをやさしく、やさしいことを愉快に解釈して現代のビジネス社会に当てはめれば、研修やコンサルティングのニーズは必ずあると確信しているんだよ」


「60歳で引退どころか、老いて益々やる気に満ちていますね」


「ん? 老いているつもりはないんだけどな・・・」


「これは、失礼しました」


「神坂君の毒舌も万古不易で健在だねぇ」


「タケさん、これでも最近、少しは意識してるんですよ!」


「え、本当? それこそ老いじゃないの?」


「前々から思ってたんですけど、タケさんの方が私よりよっぽど毒舌だと思うんですよ。そう思いません、サイさん?」


「うーん、そういうのを『目糞鼻糞を笑う』っていうのかな」


「うひゃ、ふたりとも糞にされちゃいましたよ!」


「一番の毒舌はサイさんだな、こりゃ」


編集後記

ここでは西郷課長が実施していることになっている『論語』の読書会は、実際に小生が毎月、東京、名古屋、大阪で開催しています。

ご興味のある方は、以下のイベントページから参加ボタンを押していただければご参加できます。

事前知識は一切不要ですので、ぜひお気軽にご参加ください。

大阪
第21回大阪潤身読書会

第22回大阪潤身読書会

名古屋
第48回潤身読書会

第49回潤身読書会

東京
第24回東京潤身読書会