【原文】
余は老境懶惰(らんだ)にして行件都(すべ)て蕪す。但だ言語飲食の慎み、諸を少壮に比するに可なるに庶(ちか)し。又飜(ひるがえ)って思う。「此れ即ち是を老衰して爾(しか)るのみ」と。〔『言志耋録』第290条〕


【訳文】
自分は晩年になって、なまけものになり、何をしても乱雑であるが、ただ、言葉と飲食を慎むことだけは、若い頃に比べると良い方である。又他の面から考えると、「これは老衰したことによるのだ」ということである。


【所感】
私はいまや年老いて無気力になり、やることなすこと乱雑になってきた。しかし、言葉と飲食の慎みだけは、若い頃に比べても合格点をあげてよかろう。しかし、よくよく考えてみれば、「それこそが老いた結果なのか」と思うときもある、と一斎先生は言います。


「しかし、西村さんも丸くなったよね」


「そりゃさとちゃん、もう55だよ。いつまでもとんがってる場合じゃないだろう」


「その、『とんがる』って表現が年齢を感じさせますね」
最年少の大竹課長が毒づいています。


きょうは、45歳以上の社員さんの集まり「親爺会」が開かれているようです。


参加しているのは、川井企画室長(56)、西村部長(55)、佐藤部長(51)、西郷課長(59)、大竹課長(46)の5名のようです。


「かつては赤鬼と呼ばれた人だからねぇ」


「いやいや、サイさん。もう昔の話だからさ」


「20年前の西村部長は、本当に怖かったなぁ」


「大竹君、あの頃は確かに理不尽に怒鳴り散らしていたかも知れないな。しかし、最近は集中力が長く続かなくて、なにをするにも中途半端になってしまうんだよ。とても、人に声を荒げる気力が湧いてこないよ」


「一斎先生も晩年に自己を振り返って、同じようなことを言っていますよ」


「へぇ、そうなの?」


『何事にも無気力でやることも乱雑になっている。ただ、言葉の使い方と飲食の量とは、若い頃に比べたら合格点を与えてもいい』と言ってるんです」


「言葉というのは、発した側の意図に反して、相手を大いに傷つけてしまうことがあるからな。特に世代間のギャップが大きくなってきた現代では、上司は若い社員さんに対して慎重に言葉を選ばないといけないよな」


「川井さん、本当にそうですよね。当時の私の言葉なんか、今なら軒並みパワハラだと捉えられてしまうでしょうね」


「私の師事する方が、『言葉は釘と同じだ』と言っていました」


「さとちゃん、どういうこと?」


釘は一度打ち込んでしまえば、仮に抜いても釘穴が残りますよね。言葉も同じで、一度発した言葉は、仮に撤回したり、謝罪したとしても、相手の心に傷を残してしまうんです


「なるほど」


「結局、修養というのは、言葉を磨くことなのかも知れないな」
川井室長も納得しています。


「ところで、西村部長の場合、言葉は確かに優しくなりましたが、酒の量はむしろ増えてませんか?」と大竹課長。


「そんなことはないよ。あれ? このグラス、底に穴が開いてるんじゃないの? もう空になっちゃったよ」


「しっかりとした分厚い底がついてますけど・・・」


「おかしいな?」


「部長、早くもボケてきちゃったんじゃないでしょうね?」


「大竹、やかましい!!」


「まあ、一斎先生がその言葉を書き留めたのは、80代ですからね。西村さんも身体を壊す前に、少しずつ酒の量を減らしてみたらどうですか」


「さとちゃんに真面目にそう言われると、ちょっと考えちゃうよな。大竹君、そこがさとちゃんと君の人間力の違いじゃないの?」


「はい、精進します、ボス!」


「素直でよろしい!」 


「ははは」
一同爆笑しています。


「ところで、サイさんがリタイアしちゃうと、この会のメンバーも4人になっちゃうな」
川井室長がワインを飲みながら、しみじみと語っています。


「大竹君の下だと、次は誰になるんだ?」


「神坂君と鈴木君が同期で、ともに40歳ですから、ここに入会するにはまだ時間がありますね」と大竹課長。


「神坂君は若い頃の西村君にそっくりだな」


「川井さん、そうかも知れませんね。しかし、彼もマネジャーになったわけだし、そろそろ変わり始めて欲しい時期ではありますね」


「その神坂君、先日お兄さんが急に亡くなってからは、まったく元気がないですよね?」
大竹課長も気になっていたようです。


「同期の鈴木君が相当心配してたよ」と西村部長。 


「大きく成長するための試練が訪れたのかも知れないな」
川井室長も神坂課長の変化を期待しているようです。


編集後記

この章句は、小生にとっては耳が痛いですね。

酒は飲みませんが、食べる方は炭水化物オンパレード、そして何より言語の慎みはまだまだ修養が足りていません。

人生100歳時代とはいっても、飲食をしっかりと慎まないと、とても100歳までは生きられないでしょうね。

そういえば、27日に歴史好きが偉人を語る会にご参加してくれた『一筆啓上 家康と鬼の本多作左衛門』の著者 横山茂先生は御年94歳ですが、ご一緒したランチの際に、ラーメン&チャーハンとリンゴ2切れをペロリと食べきっておられました。

やはり、長生きの秘訣はよく食べることでもあるのだな、と感じました。

まあ、一斎先生がこれを書いたのは80代ですから、飲食と言語の慎みにはもう少し猶予を頂けるものと考えておきます。


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