【原文】
心身は一なり。心を養うは澹泊に在り。身を養うも亦然り。心を養うは寡欲に在り。身を養うも亦然り。〔『言志耋録』第315条〕


【訳文】
心と体とは一つのものである。心を養う場合(精神修養)には、何ごともあっさりとして物事に執著しないようにするのがよい。体を養う場合も同じようにするのがよい。また、心を養う場合には欲望を少なくするのがよい。体を養う場合も同じようにするのがよい。


【所感】
心と体はひとつのものである。心を養うには何事にも淡白でこだわりをもたないのがよい。体を養うのもまた同じである。また、心を養うには欲を抑えることである。体についても同様である、と一斎先生は言います。


今日の神坂課長は、特販課の大累課長と共に、A県立病院での大型器械の納品を終え、社用車でオフィスに戻るところのようです。


「神坂さん、ちょっと書店に寄ってもいいですか?」
大累課長がハンドルを握っているようです。


「お前、本屋さんに寄るの好きだねぇ」


「ええ、週に2回程度は書店を覗いて、どんな本が売れているのかチェックしています」


「勉強熱心で感心なことだ」


「なんか、小ばかにしてませんか?」


「そんなことないよ。俺だって月に1~2冊くらいは読書をするからな」


「神坂さんは、買った本は確実に読みますか?」


「そりゃそうだろ。読むために本を買ってるんだから」


「それがね。私は最近もっぱら『積ん読専門なんですよねぇ。」


「つんどく?」


「ええ、買った本が部屋の中でどんどん積みあがっていく状態です」


「要するに読んでないってことか?」


「はい」


「もったいないな。じゃあ、今日は本屋さんに寄らなきゃいいじゃないか!」


「そうなんですけど、仕事に役立ちそうな本が出ていないかどうかの情報は得ておきたいと思いましてね」


「でも、わかるなぁ。実は俺もCDで同じことをしてる。買ったけど聴かないままのCDが大量にあるよ」


「聴かないCDをなんで買うんですか?」


「その質問、そっくりそのままお前に返すよ。まあ、俺の場合はね、収集癖があってさ。たとえば、ひとりのアーチストを集め始めたら全部欲しくなるんだよ」


「なるほど」


「今までに3回くらい、中古CDを買って家に帰ったら、そのCDをすでに持っていたという経験があるよ」


「マジですか! ちょっとヤバくないですか?」
大累課長が頭を指差しています。


「まだボケちゃいないわ! だけど、CD棚に買ってきたCDと同じCDを見つけたときは、自分の馬鹿さ加減が笑えてくるよ」


「お互いに、欲深いってことでしょうかね?」


「こだわりと欲深さの両方かな?」


「わかります。古書店で面白そうな本を見つけたときは、今買わないともう手に入らないんじゃないかという強迫観念に取り憑かれますよね」


「今すぐ読む本でもないのに、とりあえず買っておこうって思うんだろ? 俺も中古CDを買うときは同じ気持ちだよ」


「もっと淡白に、欲を抑えて生きた方が、気持ちも楽だし、懐も暖かくなるかも知れませんね」


「まったくだ。あ、電話だ」


佐藤部長から神坂課長に無事納品できたかどうかの確認の電話が入ったようです。


「もしもし。はい、無事終わりました。土田部長先生もご満悦でしたよ。明日から3日間は雑賀君が立会いをしてくれるそうです。はい、ありがとうございます。あっ!」


神坂課長は先ほどまでの会話を思い出して、佐藤部長に質問したようです。


「そんな話をしたんですが、一斎先生からのアドバイスはありませんか?」


やはり一斎先生の言葉があるようで、神坂課長は大累課長に親指を立てています。


「はい、ありがとうございました。大累ともシェアしておきます」


「で、一斎先生はなんと言ってるんですか?」


『心と体はひとつのものだから、何事にも淡白にしてこだわらず、欲を抑えて生きることが心身共に養生となる』って言ってるらしいよ」


「すべてお見通しって感じですね」


「で、結局、本屋さんには行くの?」


「まあ、それはそれで・・・」


「じゃあさ、その後、いつもの中古CD屋さんに寄ってもらえる?」


ひとりごと 

神坂課長が同じCDを買ってしまったというエピソードは、小生の実話です。

実は、CDだけでなく、古書店で本を購入して家に帰ったら同じものを所有していたというケースもあります。

「今買わないと、次に来た時にはもうないんじゃないか」と考えて、買うだけは買うのですが、結局読まずに積読となったり、聴かずに棚の肥やしになっている本やCDがたくさんあります。

小生は、どうも物を捨てることが苦手です。

しかし、その心理を冷静に分析してみると、単なる所有欲に過ぎないことに気づきます。

捨てられずに積まれている本やCDがなくても、決して困ることはないはずです。

一斎先生の言うように、ある程度の年齢になったら、淡白に寡欲に生きるべきなのはわかっているのですが・・・。



(出典: http://www.flickr.com/photos/underpuppy/12252359/
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