【原文】
老人の養生を忘れざるは固より可なり。然れども已甚(はなはだ)しきに至れば、則ち人欲を免れず。労す可きには則ち労し、苦しむ可きには則ち苦しみ、一息尚お存せば人道を愆(あやま)ること勿れ。乃ち是れ人の天に事えるの道にして、天の人を助くるの理なり。養生の正路は蓋し此に在り。〔『言志耋録』第319条〕


【訳文】
老人が養生を忘れないということはもちろん結構なことである。しかしながら、それがあまり度を過ぎると、私欲を免れることはできない(私欲となる)。苦労すべき時には苦労して、たとえ一息でもある間は、人道をふみ過まるようなことがあってはいけない。このことが、人間が天につかえる道であり、天が人間を助ける道理であって、人間の養生の正しい路(みち)というものは、ここに存するものといえる。


【所感】
老人が養生することを忘れないのは良いことである。しかし、あまり過度に養生することになると、かえって私欲を免れなくなる。骨を折るべきときには骨を折って働き、苦しむべきときは素直に苦しみ、息が続く間は人の道を踏み外さないようにすべきである。これこそが人間が天に仕える道であって、天が人間を助ける道理である。養生における正しい道は、ここにあるものだと思う、と一斎先生は言います。


今日の神坂課長は、相原会長と一緒に夜の競艇場へやってきたようです。


「やぁ、神坂君。はじめて競艇場に来たけど、意外と綺麗だね」


「競艇場もかなり変わってきましたね。なにしろ、最近じゃ『競艇』と呼ばずに『ボートレース』って呼ぶみたいですから」


「なんでも横文字にするのもどうかと思うけどなぁ」


「それは同感です」


「そうは言っても、やはり女性は少ないね」


「ははは、その辺は競馬との違いじゃないですか。やっぱり競艇はギャンブル色が強いですからね」


「よし。さっそく、馬券を買おうか」


「会長、競艇の場合は、馬券じゃなくて『舟券(ふなけん)』と言うんですよ」


「あ、なるほど。じゃあ、さっそく舟券を買ってみようか」


「競艇の場合は、インコースを回ることができる1号艇が圧倒的に有利です。それでも、スタートのタイミングやモーターのパワー次第では、外枠の舟が逆転することもあります。その場合は穴になります」


「よし、では穴党の僕としては、1号艇を外して買うといいかな?」


「穴を狙うにも考え方はいろいろあります。あえて1号艇を切らなくても、2着固定にして買うという手もありますし。1号艇と外の4・5・6号艇あたりを絡めても高配当になることがあります」


「なるほど。これはこれで面白いな」


結局、二人とも穴狙いが見事にハズレて惨敗だったようで、そのまま競艇場近くの一杯飲み屋に入ったようです。


「今日は散々だったたけど、競艇は競馬とは違う楽しみ方ができるね」


「今日はちょっと堅いレースが多過ぎましたね。また、来ましょう」


「そうだね、また連れて来てよ。おーい、芋焼酎お湯割で!」


「いきなり焼酎ですか。会長もかなりお体には気を使われているんですね」


「もう21:00だろ。この時間から強い酒を飲むと、翌日は大変なことになるからね」


「でも、以前にくらべればストレスは少ないんじゃないですか?」


そうなんだけど、あまり生活が弛みすぎても良くないと思ってるんだよ。それで時々、神坂君らにお願いをしてお客様のところに伺うようにしているんだ」


「そうだったんですね。会長は今でもクレーム対応の際に、率先して動いて頂けるんでとても感謝しているんです」


「一番緊張感があるのが、クレーム対応でしょう。お客様のお気持ちを察して、どうやったらお客様に安心してもらえるかと頭をフル回転させるからね。疲れるけど、なにか気持ちがシャキッとするんだよな」


「あえて、そういう場面に身を置くことで、自らを律しているんですね。尊敬します」


「ははは、少しは見直したかい?」


「ええ、少しだけですけど」


「相変わらず素直じゃないねぇ」


「いえ、むしろ素直な気持ちをそのままお伝えしてるだけですよ」


「ははは」


相原会長を自宅に送り届けた後、神坂課長はタクシーの後部座席でひとり考え事をしていたようです。


「楽な方に流されるのではなく、あの歳になっても、あえて厳しい環境に身を置こうとする相原会長はすごいな」


神坂課長はおもむろにスマートフォンを取り出して、何かを調べています。


「あ、やっぱりあった。『生きているうちは、あえて厳しい環境に身をおくことも養生にとっては大切だ。それこそが人の踏むべき正しい道であり、そういう人間に天は力を貸してくれるのだ』


神坂課長は、スマホで『言四録』の言葉を探していたようです。


「なるほどな。だから会長はあれほど高い位置まで上り詰めたんだな」


ひとりごと 

損の道と得の道があるならば、損の道を行け。

これは、小生が師事する方から教えられた言葉です。

人間だれしも楽な道や得をする道を選びたくなるものですが、そこから学べることは少なく成長もできないでしょう。

チャレンジする気持ちを失ったとき、もうその人の精神は死んでしまったも同然なのです。

誰も引き受けない仕事があるなら、それを喜んで引き受ける人になりましょう。



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