今日は営業2課の石崎君が先輩の山田さんに同行しているようです。


「4月からは、私が担当していたエリアの一部を石崎君に任せることになったので、よろしく頼みますね」


「はい、私では役不足かも知れませんが」


「ははは、石崎君。『役不足』という言葉の理解が間違っていますね。その言葉は本来、『私にはこの役は不足ですっていう意味で使われる言葉なんですよ」


「え、そうだったんですか? 『私にはその役は重すぎますという意味だと思っていました」


「そういう使い方をしている人は多いですよね。でも、それは間違い。私はね、大学時代は演劇部に所属していたんです。そのとき、顧問の先生からそれを教えてもらって驚いたことを今でも思い出しますね」


「へぇ、山田さんは演劇をやっていたのですか?」


「学生のときだけですよ。でも、今でも芝居を観に行くのは好きですねぇ」


「そうなんですね。ところで話を戻して申し訳ないですが、4月からの山田さんの後を引き継ぐのは、やはりちょっと心配なんです。山田さんのエリアは大きな病院も多いので・・・」


「大丈夫ですよ。私がしっかりフォローをするし、神坂課長も懇意にされているお客様が多いですから」


「山田さんは営業を始めた頃、どんな心がけで営業活動をされていたのですか?」


「実は、これも演劇部の顧問の先生から言われた言葉なんですけどね。その先生の口癖が『憤の一字を忘れるな』だったんです


「ふん?」


「発憤の憤ですよ」


「ああ、なるほど」


「『憤』という言葉の意味は、自分ができないことに悶々とすることなんです。つまり、『もっと上手になりたい』とか『もっと学びたい』という気持ちで夜も眠れないような状態にいつも自分を追い込みなさい、と顧問の先生は教えてくれていたんです」


「私なんか、すぐに自分は『できる』と思ってしまうタイプなので、気をつけないといけないですね」


「そのためには、目標を高く持つことです。目標が低いとすぐに到達して満足してしまうでしょう?」


「そうですね。なるべく高い目標をもつことで自分の足りなさに気づけるのですね」


「これは『論語』に出てくる話なのですが、孔子のお弟子さんの中でも最も徳の高いとされた顔回という人は、舜という伝説の皇帝を自身の目標としていたそうです。『どんなに徳の高いとされる舜だって、私と同じ人間じゃないか。舜になれないはずはない!』ってね」


「すごい情熱ですね」


「石崎君にはぜひ、誰よりも売上を上げる営業マンではなくて、誰よりもお客様のお役に立つ営業人(えいぎょうびと)になって欲しいですね」


「山田さん、ありがとうございます。一生届かないくらいの高い目標を見つけて頑張ります!」


「しっかり応援させてもらいますよ」


「山田さんにだけこんなことを言いますが、私は神坂課長が大好きなんです。いつも本気で真剣に叱ってくれる人なんて、今の時代なかなかいないですよね」


「私も課長は人間味のある人だと思いますよ」


「ちょっと前までは言い方がキツイし、いつも欠点ばかりを指摘されるからウザいなと思うこともあったんです。でも、最近なんかちょっと変わってきましたよね。私の良い点を誉めてくれるようになった気がするんです」


「うん。それは私も感じますね」


「最近は、結果を出して、神坂課長にもっと認めてもらいたいって思うようになったんです」


「それを聞いたら課長は喜ぶと思いますよ」


「あ、それは絶対に秘密にしてください。私のキャラじゃないので! でも、ちょっと目標が小さ過ぎますかね?」


「石崎君、そのコメントも秘密にしておきますよ。また石崎君が大声で叱られないように・・・」


ひとりごと 

孔子という人は、お弟子さんたちが、適切な言葉が見つからなくて言葉を発したいのに発せない、あるいはあと少しで理解できそうでいながら理解できないといった悶々とした状態になるまで、教えを与えることはなかったそうです。

これこそが本当の学問であり、また仕事における基本的な心構えではないでしょうか?

大事なことは答えを知ることではなく、答えを求めて試行錯誤することにあります。

リーダーという立場にある人は、まずメンバーに考えさせる工夫が必要です。

ところが小生は、ついつい我慢できずにプロセスを無視して、やり方を指導してしまう傾向があります。

これでは、メンバーは育たないどころか、いつしか指示待ち族になってしまいます。

気をつけなければいけませんね。


【原文】
憤の一字は、是れ進学の機関なり。舜何人ぞや、予(われ)何人ぞやとは、方(まさ)に是れ憤なり。〔『言志録』第5条〕



【訳】
「憤」という一字は、人が学問を進めていくうえで最も重要な道具といえる。あの孔子の高弟の顔回が「あの立派な舜といでも自分と同じ人間ではないか」と言ったのは、まさしくこの「憤」そのものであろう。


4jikabe.comより転用
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