営業部特販課の大累課長が佐藤部長をランチに誘ったようです。
「どうした大累君、昼ご飯に私を誘うなんてめずらしいじゃないか」
「部長、突然すみません。実は雑賀の件なんですが」
「相変わらずなのか、雑賀君は」
「はい。ああ言えばこう言うといった状態で、もうどう接したら良いのかわからなくなってきました」
「大累君の成長のためにも、なかなか面白い人材だと思ってみていたんだけどな。もし本当にギブアップだというなら、4月は間に合わないけど、9月の異動を考えてみるよ」
「私もできればギブアップはしたくないんです。なんとか彼を変えたいと思っています」
「そこに問題があるんじゃないかな?」
「えっ?」
「上司は部下を変えることはできないよ」
「・・・」
「雑賀君を変えることができるのは、雑賀君だけだよ。上司ができることは変わるきっかけを与えることまでじゃないかな」
「きっかけ・・・ですか?」
「上司の役割は、部下を変えることではなくて、部下の成長を支援することだと思うんだ。大累君は、誰か他人の力で自分を変革してきたのかな?」
「いえ、自らの意志で仕事をしてきたつもりです」
「そうだろう。変えるということは、強制だと思うんだ。変えるのではなく、変わるきっかけを与えることは、支援になる」
「たしかに、そうなのかも知れません。私は、いつの間にか雑賀を強制的に変えようとしていたのかも知れません。ただ、具体的にどう支援していけば良いのでしょうか?」
「一斎先生はこう言っている。『まじめに学問をするためには、志を立てることが先決だ。しかし、その志は強制するものではない。あくまでも当人が心からそれをやりたいと思えるかどうかが重要だ』とね。学問も仕事も根本は同じじゃないのかな」
「志ですか?」
「雑賀君は、ウチの会社に在籍して、一体何を実現したいと思っているのかな?」
「雑賀が実現したいことですか・・・」
「まずは、それをしっかりと聞き出すことが重要じゃないか?」
「そうですね。雑賀と面談をしていると、ついイライラしてきて、いつの間にか一方的に説教をしてしまっています。彼の言葉にしっかりと耳を傾けることが重要ですね」
「そうだよ。その上で、彼が自ら志を立てることができれば、彼の仕事のステージは必ず一段上に上がるはずだ」
「おっしゃるとおりですね。早速、雑賀と腹を割って話をしてみます」
「ぜひ、そうして欲しいな」
「ありがとうございます。部長と話をさせて頂いて、自分が何をすべきかが見えてきました。ところで・・・」
「なに?」
「さきほど、雑賀を異動させるというお話をされましたが、どこに異動させることを考えられているのですか?」
「いや、まだ具体的にアイデアがあるわけではないよ。ただ、神坂君の下に置いてみようかなとは思っているよ」
「神坂さんですか・・・。確かに最近、神坂さんは変りましたよね。しかし、もう少し時間をください。まだギブアップはしていませんので!」
ひとりごと
人の上に立つとどうしても部下である社員さんを変えようとしてしまいます。
小生もそれで失敗をしました。
人を変えることはできないと言います。
しかし、変わるきっかけを与えることならできるはずです。
そのためには、その人が会社で実現したいと思っていることを支援すると良いのだと言われます。
ところで、若い社員さんはそこが不明確なことが多いようです。
まずは、リーダーと一緒に、会社の中で何を実現するかを明確にする腹を割った話し合いが必要なのかも知れませんね。
【原文】
学は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之を強うるに非ず。只だ本心の好む所に従うのみ。〔『言志録』第6条〕
【訳】
学問をするには志を立てることが何より重要である。しかし志を立てることは強制するものではない。ただ本人の心の好むところにしたがうべきだ。