今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒にN大学医学部消化器内科の中村教授を定期訪問しているようです。


「神坂君、最近顔が変わってきたね」


「そうですか?」


「すごく理知的な顔になってきたよ」


「そ、それはちょっと恥ずかしいです。少なくとも私に知性はないと思います」


「ははは。自分を卑下しすぎるのはよくないよ。なあ、佐藤さん」


「はい。最近、神坂君は読書をしたり、マネジメントで後輩の相談に乗ったりしていますので、自然とそれが表情に出てきたのかも知れませんね」


「そのとおり。人は一生をかけて自分の面、つまり顔を作っていく、とも言われるからね」


「やはり、本を読むと本を読んでいる人の顔になりますよね」


「あ、ありがとうございます。しかし、お二人から誉められると、慣れていないせいか居心地が悪いです」


「ははは。そういう面白いコメント力は失って欲しくないけどね。ところで、マネジメントは知れば知るほど難しいだろう?」


「はい。ただ、今は面白い方が勝っています」


「神坂君は元々ポジティブだもんなぁ」


「ありがとうございます。マネジャーになりたての頃は、自分のやり方がベストだと信じ切っていたので、メンバーを自分の分身にしようとしていたのですが、今は各自の個性を活かすことを考えるようになりました」


「素晴らしいね。実は、優秀な人ほど自分のやり方を部下に押し付けてしまう。できる人ができない人の気持ちを察することは難しいんだ。できる人の多くは、自分がなぜできるのかを理解していないことが多い。だから、それを言葉で伝えようとしてもうまく伝えることができないんだよね」


「そうなんですね。私は失敗ばかりしてきた営業マンですから、自分を優秀だとは思っていませんが、自分とタイプの違うメンバーの考え方を理解するのは難しいと感じます」


「結局はね、人をマネジメントしようと思ったら、まず自分自身をしっかりとマネジメントしないといけないんだよ。メンバーは上司のことを見ていないようで、実はしっかりと見ているからね」


「そうかも知れません。ウチの2年目の石崎なんて、よく私のことを観察していますからね」


「いま中村先生がおっしゃったことと同じ事を佐藤一斎先生も言っていますね。それに加えて『自分に嘘をつくことと他人に嘘をつくことは同じことだ』とも言っています」


「なるほどね。結局、自分との約束を守れない人でないと、他人との約束は守れない、ということだろうね」


「ああ、すごく腹落ちします。ちょうど今、N大のアメフト部の問題が連日ニュースになっていますが、あの監督は自分自身をマネジメントできていないから、学生を守ってあげられないんでしょうね」


「あの人には、同じ大学の指導者として非常に憤りを感じるね。特にN大の学生さん達が可愛そうで仕方がないよ」


「あの記者会見での司会者の態度も酷かったですね」


「あの人こそ、現役学生やそのご両親の気持ちがまったくわかっていないね。N大学の危機管理の仕組みは崩壊しているか、初めから機能していなかったかのいずれかだろうなぁ」


「先日、会社の上司から『誠』という言葉の定義は、自分との約束を守ることだ、と教えてもらったんです。N大の上層部の人たちには、『誠がまったく欠如しているんじゃないでしょうか」


「そうだね。人の上に立つ人は、なによりも『誠』を大切にしなければいけないんだろうね。神坂君、君に『誠はあるかい?」


「いえ、まだまだ利己的なところが多分にありますから、人が見ていないところではついつい自分に甘くなってしまいます」


「私も同じだよ」


「中村教授もですか?」


「そう。だから私の面作りはまだまだ途上だし、完成までには時間が掛かるだろうな。お互い、死ぬまでには立派な面が完成するように精進しょうじゃないか!」


ひとりごと 

自らを治めることができない人は、人をマネジメントできない。

自分との約束が守れない人は、他人との約束も簡単に反故にする。

だからこそ、人の上に立つ人は、常に自分を律する修養を積まなければいけないのでしょう。

自分に甘く、他人に厳しい小生にとって、とても厳しい指摘です。

しかし、それができない限り、他人から見たときに、「あの人の表情は穏やかでいいね」と言われるような、面貌を作り上げることはできないのでしょう。


原文】
己を治むると人を治むると、只だ是れ一套事のみ。自ら欺くと人を欺くと、亦只だ是れ一套事のみ。〔『言志録』第69条〕


【訳】
自分の身を治めることは他人を治めることに通じ、自分の心に背くことは他人を欺くことと同じ事である。


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